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4日目午前、カラフル

 窓から差し込む柔らかな太陽光と、小鳥のさえずりで目を覚ます。


 そんな爽やかな朝の迎え方は、漫画か小説の中だけの話。

 頭から布団を被ったまま、微睡みの中で真白は思う。


 確かに、昨日寝る前にカーテンを閉め忘れたせいで、窓から太陽光が差し込んできている。が、全然優しくない。眩しいだけだ。

 それに加えて今日は珍しく小鳥のさえずりが聞こえてくるが、いつもは大して鳴かない鳥たちが珍しく鳴いたところで、うるさいとしか思えない。


 と言うよりも、鳥たちの鳴き声はさえずりというレベルではない。これは、騒音だ。


「ホントにうるさい」


 まだ目覚ましが鳴るまで少し時間があった。しかしあまりのうるささに、もぞもぞと目をこすりながら布団から抜け出す。


 そして、睡眠妨害のイライラを全てぶつける勢いでガラリと乱暴に窓を開けて、鳥たちの姿を確認する。


「何騒いで……」


 勢いよく発したはずの声は徐々に小さくなって、夏の朝の空気に溶けていく。


 真白は、目の前の景色から、目を反らせないでいた。


 驚いた。


 本当に、驚いた。


 なるほど。これならば、鳥たちが騒いでいる理由がわかる。それに、このままなら鳥どころか、世界中の人間たちが一斉に騒ぎ出すだろう。


 真白の目の前に。世界に。


 "色が戻っていた"


 爽やかな青い空、綿菓子のような白い雲。ツヤツヤとした緑色の木の葉が、太陽光を反射している。

 あまりの鮮やかさに、朝にしては熱気を含んだ夏の風さえも、色がついているような気がしてくる。


「綺麗」


 思わず呟いた真白の言葉に賛同するかのように、道を歩く茶トラの猫がにゃあと鳴いた。


 世界が、綺麗だった。


 青とは、緑とは、こんな色だったか。記憶していた色よりも、何倍も鮮やかではないか。


 ふと、思う。鮮やかなこの世界を今、彼も、見ているのだろうか。

 母は、元気を取り戻しただろうか。


「よし」


 今日の予定が決まった。とりあえず、病院へ直行だ。


 窓際から離れ、パジャマから服に着替えようと、クローゼットを開ける。


「……え」


 そこには、可笑しな光景が広がっていた。


 たくさんの服が入ったクローゼット。そこにある服はここ2年の間に買ったものばかり。

 色が消えて、造形メインの服ばかりになったとは思っていたが、これは酷い。目の前にある服達は、柄や服の形こそ綺麗だが、色のセンスが皆無だった。


 綺麗な花柄だと思っていた花びらの部分の色が、茶色や緑など、綺麗とは言い難い色でできている。きっと色なんて黒と白の濃淡のようにしか見えないんだから、何色で作ってもそう変わらないと思ったのだろう。あり合わせの布で作られていることは、火を見るよりも明らか。


 なんとも可笑しな気分だった。


 自分で気がつかないままに口もとに笑みを浮かべながら、その中でも1番鮮やかな服を選ぶ。


 薄い青色をベースに、赤、黄色、桃色、緑など、カラフルな星が各所に散りばめられたワンピース。

 一見するとカラフルすぎて、派手。センスが良いとは言い難い服。だけど今日は、鮮やかな服が着たい。


 お気に入りの大きな麦藁帽子を頭に乗せ、日傘を持つ。


 準備は万端。


「いってきます」


 朝ごはんを食べるのも、髪を整えるのも忘れて。真白は家を飛び出した。
















 自動ドアが開ききるのを待つのももどかしく、人1人分のスペースができたところで、隙間をくぐり抜けるようにして病院内へと入る。


 まだ開院時間からたいして経っていないと言うのに、受付はたくさんの人でごった返していた。


 みんな色が戻った為、色が消えたことによって精神的なダメージを受けていた家族の様子を見たいのだろう。


 看護師たち総出で承認作業をしているようだが、承認作業のできる機械には限りがあるようで、なかなか進んでいないようだ。このままでは、真白の承認が終わるのは早くても1時間後とかになりそうだ。


 人と人との間を上手く通り抜けながら、こっそりと階段の方へと向かう。我ながらズルくて悪いことをしているという自覚はあるが、一刻も早く会いたいと思う気持ちを止められない。


 2階から降りてくる冷えた風を感じながら、早足で階段を上る。

 すっかり見慣れた病院2階の廊下。受付のざわめきがここまで届いていることに少し驚きながら、目的の病室までゆっくりと歩いていく。


 ふと今まで白黒で気がつかなかったが、壁に色がついていることに気がついた。ベージュ色だ。


 病院は清潔感重視で壁の色は白だとすっかり思っていたので、意外だった。以前、母が入院していたところは何色だったのだろうか。


 いつも病室前の廊下の空気はどこか冷たいような気がしていたが、優しいベージュ色のおかげか、丁度良い温度に感じる。


 視界の端に映ったプレートを見て、足を止めた。


 右側に母の病室である203号室。

 左側に心也の病室である202号室。


 真白は迷う事なく扉に手をかけ、今までに無い勢いで、勢いよく扉を開けた。


 早く、早くこの色の見える世界で、"彼" が見たくて。


 ガラリという大きな音を立てながら、扉が開ききる前に病室へと入室する。


「真白?」


 絵を描きながら発したテノールの声は、いつもとは違い疑問形だ。だが真白はそのことに一切気がつくことなく、元気よく言い放つ。


「うん!今日ついに色が戻っ……!」


 色が戻ったね、という言葉が、真白の口からは出る筈だった。しかしその言葉は最後まで出ることはなかった。


 真白の言葉の途中で絵から顔を上げ、真白を見る心也に、真白の瞳は釘付けになっている。それが、真白の言葉が途切れた原因だった。


「宇宙の……瞳」

「……」


 そう言った直後、真白はつい3日前にも同じことを言っていたことを思い出した。


 真白の瞳にカラフルに映し出された心也。彼の瞳はあの時と同じく、やはり宇宙色だった。


 何よりも黒い漆黒が瞳のベースの色。そこに、控えめに輝く星の光のような、深い藍色、優雅な紫、凛とした薄蒼、そして優しいレモン色。いろんな色が混ざった、宇宙色。宇宙の瞳。


 あの時、一瞬見えた光景は、確かに本物だったのだ。


「綺麗な瞳」


 口をついて出たその言葉に、心也がぴくりと反応する。


 小さく口を動かして何事か呟き、1度うなづく心也。そして今度は、しっかりと真白にも聞こえる音量で、真白へと問いかけた。


「真白、色が見えるの?」

「え」


 何だって。


 一瞬、心也が言っている言葉の意味がわからなかった。


 何を今更、そんな当たり前の事を問うのか。


「何言ってるの?今朝から世界に色が戻ってきたじゃない」

「……⁉︎」


 心也の顔に明らかな驚愕の色が浮かんだ。そしてそれを見た、真白の顔にも。


「嘘、目が……」


 やっとのことで喉から絞り出した声が、擦れて、空気中に霧散する。


 心也は、目が。


 目が、見えないのか。


 ビリビリと衝撃が電流のように全身を駆け巡っていく。やけに、消毒液のにおいが鼻をついてくる気がした。


 心也は目が見えないと言うのならば、確かにいろいろなことに納得がいく。この4日間、何度か腑に落ちない出来事があった。


 最初にそう感じたのは、心也に見つめられた時。見つめられた時特有の緊張感が無かった。もっと詳しく言えば、見つめられている気がするが、目が合っていなかったのだ。

 他には、突然絵を眼前に突き出された時。真白の事が見えていたのならば、普通は顔ギリギリの所まで絵を突き出したりはしない筈。


 それに……絵だ。


 いくら絵が下手な人だとしても、景色を描いた絵がただの塊にしか見えないというのは可笑しな話だ。芸術と言えなくはないが、それは苦しい言い訳にしか思えない。


 そこまでの考えに至ったところで、真白は心也の顔へと視線を向けた。


 心也は、どこか哀しそうな表情で笑っていた。


 心のどこかはわからない。だが確かにその表情を見た瞬間、真白の心に、小さな穴が開いた。その穴から、真っ赤な鮮血が溢れ出しているかのようにドロドロとした感覚を伴いながら、確実に鋭い痛みを、真白の脳内へと伝えてくる。


「ボク、目が見えないんだ」

「……ごめんなさい」


 謝る。


 ほとんど反射的にでた謝罪の言葉。


 謝って欲しくて真実を心也が言ったわけではないことはわかっているが、真白には謝らずにはいられなかった。


「謝る必要なんて無いよ。遅かれ早かれこうなる事は決まっていたんだから」


 それに、前以て言わなかったボクが悪い。心也はそう付け加えながら、手元の絵へと視線を落とした。


 釣られて真白も心也の持つ絵を見る。


「初めて会った時、ボクの瞳を見て夜空の瞳ってキミが言った時、凄く驚いたよ。母さんは絵が描けなくなったボクに失望したと言っていたけれど、ボクの瞳は綺麗だって言ってくれたんだ」


「……」


「母さん、ボクの瞳は夜空の瞳だって言ってくれたんだ。結構ボクはさ、両親に……」

「ねぇ」


 心也の言葉を遮り、思いっきり心也の手を握る。心也は驚いた様子で、真白の方へと顔を上げた。


 もしかしたら。


 もしかしたら、彼の気持ちを救うことができるかもしれない。


 決して真白の瞳と合わない、宇宙色の瞳を見つめる。


「お願いがあるんだけど」

「……何?」


 ぎゅっと心也の手を握ったまま、真白は自身の意志をぎゅっと固めた。


「私の……絵を描いて!」

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