◇盗んだバイクで走り出す
『緊急連絡。ヴァレンタインかユトナ、あるいは左目が黒、右目がグレーの学ラン男を見た人間はいるか? また、学ランの男の名前等、心当たりがあれば教えてほしい』
『Re:緊急連絡。ヴァレンタインなら放課後本かりてるところを見た』
『Re:緊急連絡。ユトナがこれから奈月と帰るっていってるのを聞いた』
『Re:緊急連絡。その学ラン男、帰る時すれ違った。10人くらいの男と一緒にあるいてたけど』
『Re:緊急連絡。左目が黒で右目がグレーって葛城くずは先輩じゃないかな。中学校で頭良いって有名だった。県立高校行ったって聞いたよ』
『Re:県立高校の葛城くずはだと思う。顔写真添付します』
『Re:緊急連絡。葛城くずはって1年前、中学校で怪しい噂があったんだけど。ヴァレンタインさんがだれかに乱暴されて入院したとき、主犯が葛城くずはだったって。ただの噂だけど』
『Re:Re:緊急連絡。聞いた事あるけど、葛城くずはってアホみたいに優秀だったから、やっかみで噂されてんのかと思った。あの学校やたら殺伐としてんじゃん。成績良い奴蹴落とすみたいな風潮あったし』
『Re:Re:Re:緊急連絡。横レス失礼。でも、あのヴァレンタイン暴行事件からじゃね? 葛城くずはが片目の視力落ちたの。本人は階段から落ちたっていってたらしいけど』
『Re:Re:Re:Re:緊急連絡。今の状況見るに、1年前の事件の主犯はやっぱり葛城くずはで、ヴァレンタインをもっかい攫おうとして、ユトナがトバッチリうけたって可能性が微レ存』
『Re:Re:Re:Re:Re:緊急連絡。おまえら趣旨違ってるぞ』
『緊急連絡2。学ラン男は葛城くずはだと確認がとれたので、顔写真を配布する。今日どこかで見たけたことがあったら連絡して欲しい』
『Re:緊急連絡2。その人ならよく近所で見かける。県立高校のちかくだから』
『Re:緊急連絡2。よく大学生とかガラの悪い人と一緒に歩いてるよ。1回30人くらいで歩いてたから驚いた。礼儀正しそうなのに友だち怖いなって思ったから覚えてる。家の近所でよく見かけます。海岸沿いです』
『Re:緊急連絡2。大学生らしき友だちの人と車に乗ってるのを今日見ました。車両番号覚えてません。赤いフィールダーだったと思います』
『Re:緊急連絡2。大学生が乗ってる赤いフィールダーだったら親が先日車両点検してます。車両番号は水戸345せ54-54です。持ち主の写真が店の防犯カメラに写っていたので画質悪いけど添付します』
『Re:Re:緊急連絡2。私がみたのその人です! 葛城くずはさんはその人と一緒でした!』
『Re:緊急連絡2。その車なら海岸道路走ってるの見た』
『Re:緊急連絡2。その車なら放課後学校の裏門あたりにとまってるの見た』
『緊急指令:赤いフィールダー車両番号水戸345せ54-54 見かけたら連絡されたし。周囲の人間にも声をかけて探して欲しい』
神前の情報用携帯電話へひっきりなしに情報が入ってくる。彼は次々舞い込んでくる情報を確認しつつ、周囲の人間に別の連絡用携帯電話で新しい指令を出した。神前の仕事を横で見ていたテオは、寄せられる情報を確認したあと神前に言った。
「海岸道路沿いに廃工場が建っていたはずだな。近くにいる人間に、廃工場の周囲にその車がないか確認させてくれ」
話を聞いていた隆弘が声をあげる。
「だが、そこ以外にも廃墟はいくつかあったはずだぜ」
「目撃情報は10人だが、それ以上いても可笑しくなさそうだ。その手の連中が入れて、ひと目につかず、多少騒いでも気づかれないのは廃工場しかない。他の廃墟はせまい民家が三件ほど、まばらにあるだけだろう」
神前の情報用携帯電話に連絡が入った。
「ありました。画像付きですので間違い有りません」
「わかった。まきこまれないうちにそいつを下がらせろ」
「了解しました」
テオが苛立った様子のツァオを見る。
「ヴァレンタインとユトナを目撃した人間はいない。葛城くずはは状況からみて、学校の裏門から車で海岸沿いの廃工場に向ったようだ。裏門にヴァレンタインが今日学校で借りたはずの本が落ちていたから、可能性は」
テオの言葉を遮ってツァオは乱暴に立ち上がる。
「あいつにきまってる」
テオが肩をすくめた。
「……だ、そうだ」
ツァオはテオの言葉に反応を見せず、身を翻して調理室を飛び出していく。奈月が彼の後を追った。
「僕もつれてって!」
奈月も、ユトナが巻き込まれたと判断したようだ。暫くして、青いバイクが音をたて、彼ら2人を運んでいく。窓からその様子を見ていた祐未が声をあらげた。
「あっ、あっ、あぁああぁあああ!?」
怒号のような奇声のような悲鳴の様な声を発して、祐未が窓に張り付く。
「あっ、あたしのバルカンがっ! なんであたしのバルカンばっかりいつもこんな目にぃっ!」
隆弘が気の毒そうな目で祐未を見て、彼女の肩を軽く叩いた。テオは一瞬祐未をみた後、神前を見る。
「できるだけ、荒事が得意な人間を集めろ。ツァオと奈月に追いついて、相手の注意が奴らに向いているうちに、窓をぶち破って全方位から侵入する」
隆弘が首を鳴らした。
「あいつらの対応がわかるのか?」
「どうせ真正面から突入するはずだ」
「根拠は?」
テオが隆弘の目の前に指を三本たてて突き出す。
「3つある。1、案件は人質救出のため急を要する。2、対象は腕に自信がある。3、対象は多少冷静さを失っている」
隆弘が頷いた。
「理解したぜ」
彼はそれから、まだ窓にはりついてぐずぐずと鼻を鳴らしている祐未に声をかける。
「おい祐未! いつまでグダグダいってんだ! 行くぞ!」
すると、黒曜石の瞳に涙を浮かべた少女が眉をひそめて振り返る。
「だって隆弘クン! あたしのバイクが盗まれたっ!」
先程からしきり携帯電話三台を操っている神前が、画面から目を離さずに言う。
「それでしたら」
祐未と隆弘が彼に視線を向けた。
「今バイクを手配しましたから、それを使って下さい。バルカンではなくザンザスですが」
祐未の目がキラキラと輝いた。
「充分ですぅっ! サンキュー神前あいしてるっ!」
「やめてくださいしんでしまいます」
テオが苦笑する。
「直樹に殺されてか」
「それはそれで本望です」
「え……?」
隆弘とテオの表情が一瞬凍り付くも、彼らは2人同時にそんな場合ではないと首を横に振った。神前は相変わらず携帯電話を弄っている。
「タイミングドンピシャで仲良しですね。ホモですか?」
「お前にいわれたくないでござる……」
隆弘は神前の言葉を無視してノハの腕を掴んだ。
「いくぞノハ! ついてこい!」
「またバイク乗るんだ。いいよ、楽しかったし」
神前が携帯電話から顔をあげて祐未を見た。
「バイクが来ました。正門にありますので使って下さい」
「わかった!」
祐未が走り出す。テオも彼女の後を追おうとして、リックスを見た。
「協力感謝する。もう危ないから、家に帰ってくれ。神前、念のためリックスを送るのにだれか手配してくれないか」
「了解しました」
今までことの成り行きをオロオロと見守るだけだったリックスが、声をあげる。
「こ、ここまできて帰れっていうの!? 私に、ほかになにかできることはない!?」
「もう充分だ」
テオが眉を顰めて笑った。泣きそうな笑顔だったので、リックスは思わず息を呑む。
「できれば誰にも傷ついて欲しくない。俺では、全員の無事を保証なんてできない。万が一のことがあったらお前のファンにも、お前のところの社長さんにも、殺されてしまうだろ?」
最後の言葉は冗談じみていたが、相変わらず泣き出しそうな笑顔だった。リックスは唇を噛んで俯き
「……わかったわ。気をつけてね」
と言葉を吐き出す。祐未が彼女を真っ直ぐ射貫いて声をあげた。
「大丈夫! 隆弘クンもノハ先輩もいるし! あたしだっているから!」
「そうよね」
リックスが頷くのを確認して笑顔をみせた祐未は、テオの腕を引っ張って料理室と飛び出した。神前の宣言通り正門にカワサキ・ザンザスがエンジンのかかった状態でとまっている。横にいる男子生徒に礼を言って、祐未はバイクに飛び乗り、後ろにテオを乗せた。
横にアッシュゴールドのバイクが滑り込んでくる。
「このまま廃工場にいきゃいいんだろ! 待機場所は!」
隆弘とノハが乗っていた。トライアンフのタイガースポーツだ。祐未の目がキラキラと輝く。
「夢のトライアンフっ!」
祐未の後ろに乗っていたテオが眉をしかめる。
「隆弘、お前それ大型じゃねぇか!」
「大丈夫だ問題ねぇ」
「大ありだ! 道路交通法くらい守れ!」
祐未がヘラヘラと笑いながらテオに話し掛ける。
「まあいいじゃねぇか。それより、指令を寄越せよ飼い主!」
たしかにここで押し問答をしている暇はないので、テオはため息をつくことで会話を一旦中断した。
「……祐未とノハは、廃工場についたら裏手にまわってくれ。隆弘は俺と正面にまわって貰う。神前に言って何人か手配してもらうように伝えたから、とにかく全員で突っ込んで敵を混乱させる」
「わかったぜ」
祐未が頷いてバイクを走らせる。隆弘もそれに続いてアクセルを回し、公道を走らせた。背後からノハが話し掛けてくる。
「ところでこれからどうするの?」
隆弘は思わず眉をしかめた。
「お前話聞いてなかったのか」
「廃工場いくのはわかったんだけど、どうすればいいのかなって」
冷たい風を顔全体に受けながら、隆弘が小さくため息をついた。
「1年のヴァレンタインと2年のユトナが攫われたから、助けにいくんだよ。お前も協力してもらうぜ」
「それは約束?」
ポロ、と零れた言葉に、隆弘は口を閉ざす。それから一瞬だけ目を瞑り、すぐ前を見た。
「……ああ。約束だ」
その言葉の重みを噛み締めて、なにかあったら自分が背負うと心に決めて。
「……わかった」
ノハが吐き出した了承の言葉を胸に刻み、意識的に友人を巻き込む不甲斐ない自分に、彼は強く唇を噛み締めた。