◇悪い予感は必ず当たる
花神楽高校二年生のツァオは、電信柱に背中を預けて不機嫌そうに眉を顰めていた。靴底が一定のリズムでコンクリートを叩いている。ただでさえ鋭い眼光を宿すツリ目が、ことさら剣呑な輝きを放っていた。
待ち合わせをしていたはずのヴァレンタインがまだ来ない。いつもは約束の時間の5分前には来ているはずなのに、約束の時間からすでに20分が経過しようとしていた。一緒に下校しようというだけの約束だ。遅れるならメールくらいしてくるはずなのにそれもない。
友人のヴァレンタインはよくトラブルに巻き込まれるので、もしやなにかあったのではないかと気が気ではなかった。いっそ探しにいったほうがいいのではないかと思い始めたところで、彼の目が見覚えのあるピンク頭を捉える。
花神楽高校3年生の奈月だ。きょろきょろと周囲を見渡しているから誰かか、あるいは何か探しているのだろう。それなら道すがらヴァレンタインを見かけた可能性もある。
自分で探しに行く前に、ツァオは左目に眼帯をかけた性別不詳に尋ねてみることにした。
「おい」
年上に話し掛ける態度ではなかったが、それに関して奈月は特に何も思っていないらしく、ただし話し掛けられたことに対しては頗る不機嫌そうに眉をひそめてツァオを見る。
「なに。急いでるんだけど」
「ヴァレンタインを見なかったか」
「見てないよ」
短く答えて歩き出そうとした奈月が、ふと足をとめ再びツァオを見る。
「いつからそこにいるの?」
すぐさま自分でヴァレンタインを探しに行こうとしていたツァオが眉を顰めて奈月を見る。
「10分前」
「じゃあ、ユトナ見なかった?」
「見てない」
「そう」
再び短い会話をした後で、奈月がポケットから携帯電話を取りだした。ツァオもポケットから携帯電話を取りだし、着信履歴からヴァレンタインの携帯電話にかける。電源が入っていないらしく繋がらなかった。
やはりなにかあったのではないか。
ヴァレンタインを捜すため、ツァオが足早に歩き始める。奈月も周囲を見渡しながら再び歩き出した。お互い反対方向へ歩いて行く彼らに、突然声がかかった。
「ツァオくん、奈月さん」
2人が不機嫌そうな顔で振り返ると、声の主は苦笑して肩を竦めた。スラリとした細い手足に、銀色の髪と黒い瞳。花神楽高校三年生でファッション雑誌のモデルも務めるリックス・ウェグレーが立っていた。
「ヴァレンタインくんと、ユトナちゃんを探してるの?」
リックスの問いにツァオは黙って頷き、奈月は短く
「そうだけど」
と返す。リックスは苦笑を浮かべたまま学校のほうを指差した。
「ヴァレンタインくんには5分前校門ですれ違ったわよ。本を抱えてて、さようならって挨拶してくれたから、もう帰ったんだと思ってたけど。ユトナちゃんも、同じくらいの時間に校門ですれ違ったわ」
連絡きてないの? とリックスが首を傾げる。ツァオは眉を顰めたまま携帯電話をポケットにしまい、目の前にいる銀髪を睨みつけた。
「……ここにくるまでに妙な奴を見なかったか。この学校の生徒じゃない奴とか」
ツァオの眼光にリックスは一瞬脅えた用だったが、すぐ顎に手を当てて思考を巡らせる。
「妙っていうか、10人くらいの男の人たちは見かけたわね。1人学ランで右目が灰色だったの。珍しいわよね。他は大学生とか、新社会人って感じの人たち。でも、それがどうかしたの?」
リックスの疑問には答えず、ツァオが怒鳴る。
「どこで見た!」
「え?」
「そいつらをどこで見た!」
「あ、えーっと、裏門の、ほうだったかしら?」
「どっちに行った!」
「校門のほうに……歩いて行ったと思うんだけど」
途端、ツァオが弾かれた様に歩き出す。奈月は不機嫌そうな顔でツァオの後ろ姿を見つめ、事情がまったく掴めないリックスは困った様子で頬をかい
「えーっと……?」
と、呟いた。
「なにかあったのかしら?」
しかし、彼女の質問に答えてくれる人間は、残念ながらその場に1人としていなかった。