◇葛城くずはの暴走
ユトナ=レインハークは花神楽高校の二年生だ。制服は常にズボンを着用しているが、れっきとした女性である。ただし本人にあまりその自覚はない。
今日も元気に下校しようと思っていた矢先、彼女は不穏な声を聞いて足を止めた。
低い怒鳴り声のようなものと、悲鳴のような小さい声。
形の良い眉を跳ね上げたユトナが大股で声のするほうに向うと、1年のヴァレンタインが数人の男に囲まれていた。見た所ほとんどが大学生か新社会人のようだ。
「大人しくしろよ!」
「おい、車持ってこい車!」
小柄なヴァレンタインでは複数の男に敵うはずもなく、乱暴に腕を引っ張られて今にも連れ去られそうだ。正義感が強く後先を考えない事に定評のある彼女は、どう考えても不穏な現場を見た瞬間頭に血が上り声をあらげていた。
「おい! オマエらなにやってんだよ!」
ユトナの声を聞いて男たちが『しまった』という顔をした。それでもヴァレンタインの腕を離そうとしない男たちに業を煮やしたユトナは真正面から彼らを睨みつけたあと、さらに吠える。
「その手を離せよ!」
同時に大地を蹴って、ヴァレンタインの1番近くにいた男の顔面を踏みつけた。跳び蹴りである。
「ぶぁっ!?」
靴底を叩きつけられた男は間抜けな声をあげ、地面に倒れる。ユトナがヴァレンタインを庇うように周囲の男を睨みつけた。突然の出来事に口を開けていた男たちが、やがて表情を凶悪なものにかえ、ユトナを睨みつける。
「テメェ、クソアマが! ナメてんじゃねぇぞ!」
「おいこいつもヤっちまおうぜ!」
すぐ右脇から飛んできた拳を避けたユトナは、そのまま相手の懐に潜り込んで腹に拳を突き立てた。
「ぐぶっ!」
呻いた男が蹲る。
今度は正面から蹴りが飛んできた。
「この野郎、ぶっ殺してやる!」
脅し文句とともに放たれた中段蹴りをしゃがみ込むことで避けたユトナは、その体勢のまま目の前の男に足払いを仕掛け転倒させる。
最初に跳び蹴りを食らった男がフラフラと立ち上がった。次はどう料理してやろうかと考えながらユトナがゆっくり腰を落し姿勢を低くする。
だが、彼女が攻撃する前に、バチバチバチバチと何かが弾けるような音がした。男が突然悲鳴を上げる。
「ぎゃ、ひぎゃあぁあぁああっ!?」
身体を1度大きくビクつかせた男が再び地面に倒れた。今から起き上がろうとしていたであろう男たちは怯えた様子で一点を見ている。すなわち先程無様に倒れた男の背後。
立っていたのは、彼らよりもすこし若いであろう、学生服をきた少年だった。身長はユトナと同じくらいだろうか。すこしクセのある黒髪で、目は左が黒、右がグレー。幼さを残す顔立ちで口元に笑みを浮かべていたが、左右違う色をした目はまったく笑っていなかった。手には黒いスタンガンを持っている。弾けるような音の犯人はこれだろう。
「……なにを、手こずっているんですか?」
穏やかな口調だったが、妙に怖気の立つ声。彼は地面に伏した男たちを見下ろして小首を傾げた。
「貴方たちがやりたいっていうからわざわざ計画をたててあげたんですよ? 私のタイムスケジュールを乱さないで下さい。わかってますよね?」
男たちの間に緊張が走る。
「あ、ああ、わかってる、わかってるよ……」
年下であろう少年に対して、男たちは随分脅えているようだ。全員が表情を引き締め、無理やり立ち上がった。先程スタンガンで攻撃された男もふらつく身体で立ち上がる。
学ランの少年がこの集団のリーダーだと判断したユトナは、ふらつく男たちを無視して学ランに飛びかかった。
「この野郎、覚悟しろ!」
ユトナの右足が、少年の側頭部目掛けて飛んでいく。無防備に立っていた少年は、しかし次の瞬間ユトナの視界から消えていた。
「!?」
右足が空を切り、ユトナが息を呑む。直後、彼女の身体からバチバチバチと何かが弾けるような音がした。
「うわぁあああああぁあッ!?」
身体が自分の意志とは関係なく痙攣し、鋭い痛みが走る。力の抜けた身体を、男達に取り押さえられた。
スタンガンをもった少年が立ち上がる。
いつのまにかユトナの懐に潜り込んで、スタンガンをつきつけていたのだ。
「その子も連れて行きましょう。多い方がいいでしょう?」
「あ、ああ」
「じゃあ、早く車を出して下さい」
男が1人、慌てた様子で駆けていく。悲鳴を上げようとしたヴァレンタインの口を別の男が塞ぎ、気絶したユトナと口を押さえられたヴァレンタインがワゴン車の中に放り込まれる。
スタンガンの少年――葛城くずはは、仲間たちの行動を面白くなさそうに見つめたあと腕時計を確認し、微かに眉を顰めた。
「みなさん、5分オーバーです。急いで下さい」
車の運転席から男が悲鳴の様な声をあげる。
「もっ、もうでられるぜ! くずは!」
くずははフン、と小さく鼻を鳴らしたあと、携帯電話を取りだした。車の助手席に乗り込み、電話を耳に押し当てる。
ゆっくりと走り出したワゴン車の中で、彼は不機嫌そうな声のまま電話口の相手と話し始めた。
「もしもし? えーと……誰でしたっけ?」
自分から電話をかけておいて妙なことを尋ねるくずはに、電話口の男は慣れているのか
『宮下です』
と冷静に言葉を返した。
「ああ、そうでした。宮下。プリン買ってきて下さい。いつもの場所にいるので」
『2つで大丈夫ッスか?』
「ええ。なるべく早く。今計画のスケジュールが5分ほど遅れてまして、プリンでも食べて落ち着きたいんです」
『計画? なんスかそれ、俺、聞いてませんよ』
くずはは焦る男に対して、表情ひとつ変えずに言い放つ。
「プリン買ってきたら教えます。お金は後で払いますから、早くお願いしますよ」
でないとあの子達のうち1人くらい、壊してもいい気分なんですから。
吐き捨てた彼は、宮下の返事を聞かず、乱暴に通話終了のボタンを押した。