◇嵐がやってくる
「なんか面白ぇことねぇかなぁ」
金髪の男がタバコの煙とともにそんな言葉を吐き出した。口にピアスをつけた男が、彼の横でニヤリと笑う。
「そうだよなぁ、俺らも大学生になったしさぁ! ここらでパーッと派手なことやりてぇよなぁ!」
「なあ、そういえばさぁ! 1年くらい前に遊んだ奴! 今ぐら校通ってんだろ? なんだっけ? ヴァレンタイン?」
「ああ、あれな! なんかもう1回くらい遊ぼうぜって話になってたよな?」
「ちょうどほとぼりもさめたころだろうし、いいんじゃね?」
なあ、くずは。
男に問いかけられた青年が、読んでいた本を閉じて顔をあげる。まだ少年と言っても差し支えない幼い顔立ちに笑みを浮かべた彼――くずはは、首を傾げて言った。
「そうですね。ほとぼりが醒めたら、という話でしたから、かまいませんよ」
仲間をあつめてください。
男達が嬉しそうに口笛を吹き、あるいは膝を叩く。その中で一際幼い少年の笑顔は、周囲の下卑た、あるいは楽しそうな、良くも悪くも感情をむき出しにした笑顔とは異質の、能面のような笑顔だった。
◇
市立花神楽高校は、地方中小都市の様相を呈する花神楽市が設置した高等学校だ。駅から歩いて15分程度の場所にあるこの学校は、学校長を始め奇人変人が集まることで有名である。
ヴァレンタインもその花神楽高校に通う1人であったが、この高校の人間にしては珍しく常識人であると自負していた。周囲にも、噂に聞くほどの変人はあまりいないように思う。少なくともヴァレンタインが所属する1年生にはそんな人間はいない。
今から合流するツァオは二年生だが、アクが強いのは一部だけで、ツァオは少し腕っぷしがつよいだけの一般人だ。三年生には比較的アクの強い人間が集まっていると思う。
図書館で借りた本を3冊ほど抱えてヴァレンタインが小走りに下校道を駆けていく。ハーフアップにした亜麻色の髪が動きにあわせてふわふわと揺れた。緑の合間を縫って路上に差し込む光がモザイクを作り出している。午後になって影が濃くなってきた。目に突き刺さる日差しも濃くなってきている。もう二時間もすれば光に色がついてくるはずだ。
稀に車が通る程度で、ひとけのない下校道。小さな神社を通り過ぎたあたりでヴァレンタインがふと足を止めた。
前方から10人ほどの集団が歩いてくる。中央にいるのは些か幼い顔立ちで、学生服に身を包んだ少年だったが、それ以外はおそらく大学生か新社会人くらいの年齢だと思われる。
中央に立つ学ランの少年を見て、ヴァレンタインは目を見開いた。
すこしクセのついた黒い髪。大きめの瞳は、左が黒で右がグレーのヘテロクロミア。グレーの瞳は、たしか視力が弱ったとどこかで聞いた――
額に嫌な汗が浮き出てくる。一瞬息を呑んだヴァレンタインは、勇気を出して震える声を絞り出した。
「かっ、葛城……くずは……さん……」
「こんにちは」
くずはが穏やかな笑みを浮かべる。感情の読み取れない、能面のような笑みだ。彼はヴァレンタインの目の前で立ち止まると、小首を傾げて宣った。
「えーっと、誰だっけ?」
背後にいる男たちはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。ヴァレンタインの記憶が正しければ、1年前もくずはと共にヴァレンタインを慰み者にした連中だった。
「まあいいや」
くずははニコニコと笑っている。いつだって笑っていた。1年前も、ヴァレンタインが泣き叫くのを笑って眺めているだけだった。能面のような笑顔で、興味も関心もなく、ただ周囲に乞われるがまま手頃な人間を痛めつける手はずを整え、なんの感慨もなく、獣の宴を眺めていただけだった。
「あーそびーましょー♪」
また、獣の宴が、始まるのだろうか。
ヴァレンタインは恐怖に身体を大きく震わせ、目の前にある仮面のような笑顔を、ただ見つめることしかできないでいた。