◇変革サイコロジー
くずちゃんの反応は意識せずよく使ってた道具をちょーだいって言われたんだと思って頂けると_(:3 」∠ )_
葛城くずはは不機嫌だった。
というのも、連絡すればいつもすぐにプリンを配達するシステムが最近不調なのだ。以前は規定のアドレスに連絡をいれれば3分とたたずプリンを配達してきたものが、最近は5分をオーバーすることもザラである。
宅配員に理由を問いただすと、彼はすこぶる申し訳なさそうな表情で頭を掻いた。
「いやぁ、スイマセン。メールに気づくのがおくれまして」
「今度からは気をつけてください」
「もちろんッス、スイマセン!」
くずはと宅配員の会話に割って入ってきたのは195cmの長身を誇る男だ。
「おいおい」
彼は宅配員の肩に腕を置き馴れ馴れしく近づくと、口の片端を上げてイタズラっぽく笑って見せる。
「こいつ最近彼女が出来たんだから、こきつかってやるんじゃねぇよ」
そんなこと自分は知らされていなかったし、関係ないとくずはは思った。
◇
「最近プリンの配達が遅いです」
口を尖らせて今日の分のプリンを食べる。コンビニの新商品であるそれは上にフルーツと生クリームがのっていて、プリンの下にカステラ生地が入っている代物だ。値段のわりには美味しいが、ぜひカステラ抜きで作ってもらいたいとくずはは思った。
これを届けにきた宅配員は、バンダナでまとめた後頭部に手をあてて申し訳なさそうに何度も頭を下げている。
「さーせんッス。今度は早く持ってくるんで」
「まあ3分以内でしたのでよしとしましょう」
「あざーッス」
それから彼はくずはがプリンを食べるさまをしばらく眺めていた。たいがいこの男はくずはがプリンを食べ終わるまでいつもそこにいて、くずはのプリンに対する評価をインプットしてから帰っていく。不評なものは2度と買ってこないし、高評価ならまた買ってくる。気分に合わせて品物を変えてきたりもするので、大変重宝していた。
けれど今日は、すこし様子が違っていた。
「灰花ーいるー?」
「おう! スロワか!」
宅配員の表情がパッと明るくなり、くずはが何も言っていないのにバタバタと声のしたほうへ駆けて行ってしまった。
立っているのはピンク色の髪をした女子生徒だ。耳にイヤホンをつけている。
「今日放課後暇ならさー買い物つきあって欲しいんだけど」
「もちろんいいけどよ、お前部活は?」
「今日ないんだよねー。自首練しようと思ったんだけど、セミナーハウス使うらしいしさ」
「わかった。じゃあどこ行く?」
「CDショップと楽器屋」
「いつものとこじゃねぇか。じゃあ買い物終って時間あったらファミレスでなんか食おうぜ」
「オッケー、ウチデザートの割引券持ってんだよねー」
くずははプリンを食べ終わった。宅配員はまだ楽しげに女子生徒と話をしている。
最近プリンの配達が滞っていたのは、あいつのせいだとくずはは唐突に理解した。
◇
「えーっと、誰でしたっけ」
宅配員を目の前に名前を尋ねると、彼は気分を害した様子もなく
「宮下ッス」
と笑顔で答えた。
大抵の人間は訝しそうにするか露骨に残念がるか、あるいは怒り出したりするのに、この男はいつも笑顔で質問に答える。
宅配員がくずはに対して怒ったことはない。大抵のことなら受け入れるし、命令すれば実行する。
だからくずはは今回も大して深く考えず、目の前の男に対して思った事を口にした。
「貴方、恋人……でしたっけ。あの赤い髪の、イヤホンつけた」
「スロワっすか? 髪の毛ピンクッスけど」
「たぶんソレです。アレと別れて下さい」
宅配員が目を瞬かせて首を傾げた。
「……はい?」
内容を理解していないようだ。目の前の男はこんなに頭が悪かっただろうかと不思議に思いながら、くずははもう一度言葉を紡いだ。
「プリンの宅配が滞ってますし」
「あっ、それは申し訳ないッス! ホント、今度から気をつけるんで! かならず3分以内に届けます!」
「ダメです。他にもいろいろ、支障がでてます」
宅配員がまた首を傾げた。支障に心当たりがないのだろう。くずはとしては重要な問題なので、ここは一歩も譲る気はなかった。
いままではプリン配達の業績に免じてたまに意見を聞いてやっていたが、すでにそういう域を超えている。
「自分から縁を切れないようであれば、俺が縁を切ってあげます」
宅配員が訝しげに眉を顰めた。こんな表情は初めて見る。飼い犬に手を噛まれた様な気分がしてとても不快だった。
「何人かに声をかければ喜んで輪姦してくれるはずですから」
この前みたいに。
くずはがそう言った途端、男の顔が怒りに歪んで突然拳を振り上げられた。
まさかこの男に殴られると思っていなかったくずはは、いつもなら避けられるであろう単純な攻撃を顔面に思いきり受けてしまったのだった。
身体が浮き上がり、教室の床にたたきつけられる。宅配員がそれでもくずはを殴ろうとしてきたので、彼は今度こそ全力で男の腹部を殴りつけてやった。
身体をくの字にまげた瞬間、地面を蹴ってその横面に蹴りを叩き込む。黒板に叩きつけられた男の胸ぐらを掴んでさらに2、3発殴打すると、男が負けじと反撃してくる。くずはの手を掴んで思いきり投げ飛ばしたのだ。壁に激突するまえに勢いを殺し着地したくずはが、さらに男に痛い目をみせてやろうと懐からスタンガンを取りだし――たところで、彼は後ろから羽交い締めにされてしまった。
「隆弘ー、くずはを押さえてればいいんだよね?」
安そうなパーカーを着た天然ボケがくずはの真後ろでなにか言う。人に触られるのは嫌いだ。鳥肌が立つ。しかしくずはが抵抗しても、天然ボケはびくともしなかった。
天然ボケの質問に、くずはの前方から答えが飛んでくる。
「ああ。そのまま押さえてろ。おい灰花、お前も落着け」
195cmの高身長が暴れる宅配員を羽交い締めにしていた。やはりというかなんというか、こちらも宅配員が暴れようとビクともしない。
「おい、なんだってんだよ」
不思議そうに首を傾げる高身長の言葉に、くずはは、そんなのこっちが聞きたいと心の底から思った。
宅配員はバタバタと暴れ、口の端から血を流し片目を腫らしたままくずはを睨んでくる。
「テメェッ! スロワになんかしてみろ! 絶対ゆるさねぇからな!」
今まで聞いた事のないような、腹に響く怒号だった。
怒っているとすぐにわかる顔で、くずはを攻撃しようともがいている。
顔を赤くして歯を食いしばり、手も足も怒りに溢れた動きをしていた。
この男がこんな顔をするのをくずはは今まで見た事がない。
「くずはテメェ、ちょっと言い過ぎたみてぇだな」
高身長がくずはの頭を軽く叩き、男をひきずるようにして教室を後にする。
「ちょぉおおお! なんでござるか灰花ァ! その怪我、もしや魔物がこの学園にも!」
「おうモヤシ、灰花の手当てするからお前もちょっとこい」
「モヤシっていうな俺にはテオという立派な名前がだな」
「テオェ」
「テメェ」
「魔物ってほんとにいるんだ。でも灰花はくずはにやられたみたいだよ」
「そうか、くずはと喧嘩したのか」
「ところで魔物ってどんなのなの? 友達になるとメダルくれるって本当?」
「リアみーん! 世間知らずに嘘教えないで! リアみーんっ!」
「つーか、この世に魔物なんていねぇよ、まず」
だんだんと遠くなっていく喧噪を、くずははどこか、とても遠い世界のことのように聞いていた。
◇
くずはは頭の整理がつかないまま保健室で傷の手当てを受けた。やたらと心配する保健医に対してだんまりを決め込み、引き留める声を無視して中庭に出る。
大きい桜の木が1本植わっていて、花壇には色とりどりの花が咲いていた。ぼんやりと風に揺れる草花を眺めても、一向に考えがまとまらない。
なぜあんなに怒られたのかわからなかった。
だってあの男はくずはにプリンを配達してくるための男で、それ以外のことはすべて後回しにしていたはずだ。彼女ができたかなんだかしらないが、そんなことでプリンを後回しにされてはたまったものではない。
くずはさんくずはさんとさんざんついてまわってきたクセに、女が出来た途端離れるとはどういう了見だ。
あの男の世界の中心には自分がいたはずだ。
いつのまにか女に取って代わられたとでもいうのだろうか。
そんなことでプリンを――くずはを、後回しにされては、たまったものではない。
「……?」
自分の思考回路が、理解できなかった。
自分は今なにを考えていたのだろうか。
あの宅配員がどうしたというのか。ダメなら別の人間に頼めばいいだけなのに、なにをこんなに不愉快に感じているのだろう。
首を傾げたくずはの頭上に、突然サッと影が差した。
「やっほー葛城ィ! 男前度があがったねン!」
金糸の髪にエメラルドの瞳、真珠のような肌のダッチワイフが立っていた。
どこかで顔をみた気がするのだが思い出せず、くずはが首を傾げる。
「えーっと」
「校長先生ですぅ! 覚えてあげて!」
「すいません、興味がないモノで」
「ヒデェ」
非難しながらも本気で怒った様子はなく、女はヘラヘラと笑いながらくずはの隣に歩み寄った。
「宮下と喧嘩したんだってぇ?」
「してません。命令を拒否されて腹が立って殴っただけです」
「ソレを喧嘩とゆーんです」
タバコと、仄かに甘い香水の匂いが風にのってくずはの鼻孔を刺激する。嫌いでもないが好きでもない。強いて言えば、人間の発する匂いはなんであれ苦手だ。体温がある気がする。
彼女はそんなくずはの反応に気がついたのか、さりげなく風下に移動した。匂いが遠ざかる。それでも人の気配はすぐ近くにあった。
「浮かない顔だね」
「傷が痛みます」
くずはが答えると、女は笑顔のままくずはの目の前にしゃがみ込み、顔を見上げてきた。
「本当にそれだけですかー?」
「なにがいいたいんですか」
また、思考回路が混乱してくる。眉をひそめたくずはを、女は笑顔でみていた。
「なんで喧嘩したの?」
「だから、喧嘩じゃありません」
「じゃあなんで殴ったの?」
これは事情聴取かなにかだろうか。くずははますます眉を顰めたが、目の前の女はニコニコと笑うだけ。
相手は教師だから、問題を起した以上仕方がないのかも知れない。
そういえば、学校に自分が騒動の犯人だとバレてしまったのはこれで二度目だ。学校で騒動を起したことに至っては初めてな気がする。行動があまりに衝動的すぎた。反省すべきだろう。
「……お願いを、聞いてくれませんでした」
あまり教師の印象を悪くしてはいけない。
くずははゆっくり、言葉を選んで理由を話した。
「彼はいつも、俺のお願いを聞いてくれるのに」
いつもなら、どんな無理難題でもわかりましたと言って走って行くのに。
「今回は聞いてくれませんでした」
それどころか、離れていきそうになった。
「はじめて怒られたので、驚いて」
まさか殴られるなんて思っていなかった。
苦笑して、「わかりました」と言うだろうなと、思っていた。
「驚いたら、腹が立って」
だって彼はいつだって、くずはの命令を聞いていたから。
「だから、殴りました」
女は黙ってくずはの言葉を聞いている。暴力行為に関して注意されると思ったら、予想に反して彼女は笑顔のままくずはにゆっくりと語りかけてくる。
「葛城、仲直りの方法って知ってる?」
「バカにしないでください。謝罪するのでしょう?」
すると女は何が嬉しいのかクスクスと笑って、くずはの肩に手を置いた。
「じゃあ、宮下に謝っておいで」
「なんで私が」
咄嗟に出た言葉は否定だった。
いつもならそうですねと適当な返事をして上手く切り抜けるのに、今日はなんだか調子が変だ。
女がイタズラっぽい笑みを浮かべてくずはをみる。
「だって葛城、宮下と仲直りしたいでしょう?」
「なんでそう思うんですか」
「葛城は、宮下がいなくなったら困るんじゃないの?」
女の指摘に思わず黙りこくる。
すこし、あの男がいなくなった時のことを考えてみて、なんだかとても嫌な気分がしたので途中で考えるのをやめた。
くずはが無意識に口を尖らせる。
「……考えたくありません」
正直に答えると、女が小首を傾げて歌うように言った。
「葛城。それはね、"寂しい"っていうんだよ」
女の言葉を聞いて、くずはが思わず目を瞬かせる。予想外の言葉だった。寂しいなんて単語はくずはとは無縁の言葉だ。なぜならくずはは人の顔も名前も覚えないから、合わなければそのまま忘れてしまう。だから寂しいなんて感情を、生まれてこの方抱いたことがないのだ。
「そんなわけ、ないでしょう?」
女と同じように、くずはも小首を傾げて見せた。
女はくずはの否定に気分を害した様子もなく、あいかわらずニコニコと笑っている。
「でも、宮下がいなくなった時のこと、考えたくないんでしょう?」
「使えるコマだから、いなくなったら、こまるだけです」
「ねえ葛城」
風が吹いていった。女が金色の髪を手で押さえる。くずはも顔にかかった髪を払いのけた。
「葛城がそんなに他人のこと考えたの、たぶん初めてじゃないのかな」
くずはが黙る。
なにか言葉を探そうとして、否定の言葉を必死に探そうとしているのに、なにも見つからなかった。
そもそもくずははなぜ、こんなに必死に女の言葉を否定しようとしているのだろう。
金髪女が勢いよく立ち上がり、彼女より背の低いくずはは当然、女を見上げることになる。彼女はくずはの両肩に手を置いて、くるりと彼の身体を、校門の方に向けた。
「宮下がいなくなって困るなら、謝っておいで。仲直りしなきゃ!」
「でも、どこにいるかわかりません」
「よーく考えてごらん」
考えたってわからない。そう言おうとして、くずはの脳裏にいくつかの可能性が浮かんでくる。
女はくずはの考えを見透かしたように、笑顔で言った。
「葛城はね、実はもう、宮下がどこにいるか知ってるよ」
◇
学校を飛び出したくずはは、自分の住まいであるメゾン・ド・リリーに向って走っていた。
宮下はよく、くずはにプリンをとどけた後205号室か202号室に入っていく。
あの3人もメゾン・ド・リリーでよくみるから、きっと彼らが宮下の手当てをするならメゾン・ド・リリーだ。
なんで自分がこんなことを覚えているのか驚きつつ、くずははとにかく走っていた。
アパートの門を抜けた先で、弟のくるに出会う。
「くず兄! どうしたんだよ、なんでそんなに急いでんの?」
「仲直りしてきます!」
「は」
目を見開いたくるがなにかいう間に、くずはが彼の横を駆け抜けていく。
思わず買い物袋を落してしまったくるは、過ぎ去っていた兄が迷うことなく205号室――確かに灰花が今いる部屋へ向って行くのを見て、さらに目を見開いた。
「……くず、兄……?」
それから彼は、隣人である斉賀が通りかかって声をかけるまで、しばらくそこで、迷子のように立ちすくんでいた。
◇
「おい、葛城はアレで大丈夫なのか」
中庭に残されたリリアンに、声がかかる。保健室の窓から深夜霧が顔を出していた。
リリアンはニコリと笑ってVサインを作ってみせる。
「大丈夫だよー! もともと頭の良い子だからね。1回人の顔覚える"コツ"を掴んだら、あとはどんどん、覚えていけるよ」
「そーいうもんなのかね」
「他人に興味のなかった葛城を、宮下が構い倒してちょっとずつ変えちゃったんだよ。みたでしょ、さっきの葛城の顔。泣きそうだったり拗ねてみたり怒ってみたり、他人のこと考えてあんだけ感情動くなら、もう平気だよ」
深夜が女の横顔を盗み見る。すこぶる嬉しそうな顔の彼女をみて、彼もなんとなく女の視線の先を追った。
「よかったな」
「そうだね!」
もう空の色が、変わっていた。
◇
ノハの家で怪我の手当てを受けていた灰花が、突然鳴り響くインターホンに驚いて肩を揺らす。
借金の取り立てでもきたのではないかというほどの勢いに、隆弘が眉を顰めて扉を開けた。
家主でもない人間が堂々とその対応はどうかと思ったが、灰花以外だれも疑問を抱いていないようだ。
テオにガーゼを張って貰っていた灰花の耳に、隆弘の驚いた声が聞こえてくる。
「……くずはじゃねぇか」
灰花が思わず立ち上がり、テオが「動くな!」と苦言を呈す。
まさかくずはがここにくるとは思わなかった。よほど灰花の反抗が気に入らなかったのかと思ったが、それ以前によくここがわかったものだ。他人の顔も名前さえも覚えない男が、他人の居場所を探り当てるなんて不可能に近い。
「おいおい、おじゃましますくらいいえねぇのかよ」
隆弘が戸惑ったような声を出した。驚いている灰花の元に、大股でくずはが近づいてくる。
みたことのない表情をしていた。
はりつめたようなおもいつめたような緊張したような表情だ。
そんな人間らしい表情をするくずはを、灰花はしらない。
彼が茫然と目の前の信じられない生き物を眺めていると、その生き物が突然、灰花に向って頭を下げた。
――!?!!!?!!!?!?!!??
目の前で信じられないことが起っている。夢だろうかと思って傷に爪をたててみるも、鋭い痛みが走ったのでどうやらこれは現実のようだった。
「……さっきは言い過ぎました。なぐってごめんなさい」
もう1度傷に爪を立てたら、今度はテオにやめろと怒られた。
まさか謝罪されると思っていなかった灰花は、目の前に男に対して抱いた憤りも悲しみもすべて吹っ飛び、ただただ狼狽えて困り果て、頭を掻く。
「い、いや、俺の、ほうこそ、殴って、すいませんッス。あの、痛みますか」
「痛いです」
「すいません……」
「でも貴方も痛いでしょう」
テオがテーブルに頭をぶつけて「夢じゃねぇ」と呟いていた。気持ちはわかる。
隆弘が灰花の視界の隅で、自分の頬を2回ほどぶっていた。1度だけでは信用できなかったらしい。
ノハ以外の全員を驚愕の渦に陥れたくずはは、下げた頭を上げて少しだけ唇をとがらせる。
「……これで、仲直りしてくれませんか」
テオと隆弘が同時に自分の頬を殴っていた。
灰花はただ茫然として、何度も頷くしかできない。
「と、当然ッス。っていうか、すいません、殴っちゃって、俺、頭に血、登りやすくて」
あれ俺誰と話してんだっけと、灰花は途中で疑問に思った。
葛城くずははこんな、人間らしい表情をする男だっただろうか。
もっと能面のような笑顔で、感情のない声で、淡々と落ち着いて行動する人間ではなかっただろうか。
灰花がまじまじとくずはを観察していると、彼はすこし不服そうな顔をして、灰花から目線を外した。
「お前がいないと、誰が俺にプリンを運んでくるんですか……」
気になるのがプリンというのはいかにもくずはらしい。思わず苦笑した灰花は、しかし次の瞬間なんだかこの世のすべてのことがどうでもよくなるほどの衝撃に見舞われる。
「大抵のことは大目にみることにしますから、これからもプリン、運んできなさい……灰花」
「は」
テオと隆弘が動きを止めた。
ノハでさえ微かに目を見開いている。
聞き間違えでなければ、今、くずはが
「あ、あの……くずは、さん?」
灰花が恐る恐る問いかけると、くずはが左右で色の違う目を、彼に向けた。
「なんですか、灰花」
くずはが灰花の、名前を呼んだ。
「~~ッ!!」
灰花の顔が赤くなり、目に涙がにじんだ。腹の底から熱いモノがこみあげてきて叫び出したい衝動に駆られる。今すぐ外に飛び出していってこの事実を世界中の人間に知らせたい。
くずはさんが俺の名前覚えてくれた!!
「俺! 一生くずはさんについていくッス!」
「あたりまえです」
当然のように言葉を返してきた時にはもう、いつもの葛城くずはに戻っていたけれど。
それでも灰花は、この日から本気で、全身全霊葛城くずはに尽くすことを心に誓ったのだった。