とある被害者の謝罪と赦し
後日談的な病院でのヴァレさんと祐未ちゃんとノハさんの話
その病室には"ある事件"によって負傷した10代の少年少女が詰め込まれており、今日も看護師の
「騒がないで!」
という怒号が廊下まで響いてきていた。
同じ事件に巻き込まれながらも諸事情(主に傷の深さや種類)によって別室にいれられていたヴァレンタインは、この病室にいる人間に言わなければならないことがある。
2、3度扉の前で深呼吸をして、ゆっくり扉をあける。
途端に、病院とは思えないほど元気な声が聞こえてきてヴァレンタインは思わず扉の取っ手を握ったまま、硬直してしまった。
「祐未の姐さん! 身体拭くならカーテンしめないでくださいよ!」
「バカかテメェ! カーテンからうっすら影が見えるのがいいんだろうが!」
「テメェらそれセクハラだぞ! 次言ったら花瓶投げるかんな!」
「我々の業界ではご褒美です!」
「直樹が怒りそうだねー」
「アッ、ノハ先輩今のこと直樹サンと白井パパさんには言わないで貰ってイイッスか」
「でも直樹、昨日そこにマイク置いてってたから僕がいわなくてもわかるんじゃないかな」
「アァアアアアアアア俺の人生オワタァアアア!」
「我々の業界ではご褒美です」
「おい誰か剛の者混じってんぞ」
何故か病室にまくらが飛び交っている。他人の見舞いに持ってこられたフルーツカゴを物色しているものや、隣のベッドの人間とオセロに興じているもの、数人であつまってトランプで遊んでいるものなど様々だ。少年少女のはつらつとした笑顔だけ見ていれば、ここが病院だとはとても思えまい。
その中の1人がヴァレンタインに気づき、あ、と声をあげる。
「あー! チョコくん!」
病室の全員が一様にヴァレンタインに視線を送ってきた。一気に注目を浴びたヴァレンタインは1度ビクリと肩を震わせるも、きゅっと唇を真一文字に結び、勢いよく頭をあげる。
「こっ、今回はっ、巻き込んでごめんなさい!」
病室が一瞬静寂に包まれた。
綺麗に磨かれた白い床を睨むヴァレンタインに、顔をあげる勇気はない。数秒が数時間に感じられる緊張の中、ポツリと誰かが言葉を吐き出す。
「……きにすんなー」
その声を皮切りに、また病室がにわかに騒がしくなってきた。
「そうだよー! ぐら校は助け合いがモットーだよ!」
「面白かったからぜんぜんモーマンタイだぜー!」
「俺は参加したら祐未姐さんのパンツ貰えるって聞いた」
「お前……直樹サンに殺されるぞ……」
「僕はユトナちゃんのチューが貰えるって聞いた」
「お前……奈月サンに殺されるぞ……」
「オイラはチョコちゃんの」
「やめろお前マジツァオの旦那にころされるぞ」
明るい声がたくさん降ってきた。ヴァレンタインが顔をあげると、腕や足や頭に包帯を巻いた少年少女が、笑顔でヴァレンタインを見守っている。思わず溢れ出てきた涙を乱暴に拭うと、あらためて病室を見回す。
祐未とノハを発見したヴァレンタインが慌てて駆け寄る。
事件の時に巻き込んで、1番酷い怪我をさせてしまった2人組だ。
「の、ノハ先輩、祐未先輩……!」
ノハは不思議そうに首を傾げ、祐未がヴァレンタインを見た。ヴァレンタインはまっすぐに2人の顔をみて、すぐに頭を下げる。
「あのっ、ごめんなさい! 巻き込んで、僕のせいでこんな怪我をさせてしまって!」
ノハが不思議そうに首を傾げる。祐未は少し考えた後、ヴァレンタインの焦げ茶色の髪をくしゃりとかき混ぜる。
「前にテオの母ちゃんが学校に来たことあったろ」
ヴァレンタインが顔をあげる。祐未の黒曜石の瞳がまっすぐにヴァレンタインを見据えていた。
「あれ、テオのせいだと思うか」
「いっ、いえ! そんなことありませんっ!」
「じゃあアレもお前のせいじゃねぇ」
吐き捨てて、祐未がヴァレンタインの額を指で弾く。思わず目を瞑って額を押さえると、乱暴に髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜられた。
「わかったら、もう2度とこの事に関して謝るな」
祐未はそれだけ言ってヴァレンタインに背を向ける。ノハは首を傾げたまま、ニコリと笑った。
「友だちとの約束だし、君も僕も祐未も、みんな無事なら、それでいいじゃない?」
ヴァレンタインが茫然とノハを見つめる。ノハは笑顔のまま、サイドテーブルに置かれていたフルーツバスケットからリンゴをひとつ取り出すと、ヴァレンタインの手に赤い実を握らせた。
「君が無事で良かったよ」
病室がまた騒がしくなる。
「姐さんってなんでチョコくんにツンデレ気味なの?」
「しらねぇ、直樹サンのお気に入りだからかな」
「え、チョコくんお気に入り登録してんのって瑠美サンだろ?」
「え、姐さんがチョコくんに嫉妬してんの?」
「それはそれで萌える」
「そのまえにノノシ先輩の笑顔まじプライスレスなんだけど」
「それはそれで萌える」
「っつーか萌える」
全員怪我をしているというのに、悲壮感はまったくない。それどころかひどく楽しそうな様子で笑っているので、今まで暗い気分でいたヴァレンタインも、つられて思わず笑ってしまった。