◇ポイント・オブ・インフォメーション
「異議あり」
葛城くずはに掴みかからんとするツァオの背後から、男の声が聞こえてきた。確固たる自信を持った、力強い言葉。
ツァオが鋭い目つきのまま声のほうを振り返ると、口元に嘲笑を浮かべた男がまるで王者であるかのような堂々とした態度でもって歩いてくるところだった。
色素を忘れた銀色の髪と白いを通り越して青白い肌が、ギラギラと光る炎のような赤い目を際立たせている。薄暗い中を颯爽と歩いてくる姿は、悪魔がこの世に現れたような禍々しい印象を受けた。美しい容姿でもって人を惑わせ、堕落させる――人の欲望を集めて姿形を与えたような男――テオ・マクニールがそこにいた。
嘲笑を浮かべた唇が、凜とした声を紡ぎ出す。
「HIV感染者がいると知っていて、輪姦に参加する人間がいるとは思えないな。順番が決まっていて参加者が律儀に守っているのなら別だが、見た所2人の人間を二手に分かれて痛めつけていたように見える。興奮した人間が、ダッチワイフの前に綺麗に整列できるのか? しかもそのHIV感染者は、2人の被害者の暴行両件において『最期の加害者』という条件を満たさなければならない。考えられる可能性は、全員がHIV感染者か、お前が嘘をついているかだ。可能性が高いのは後者だな」
くずはがテオを見て首を傾げた。
「誰だか知りませんが、よくここがわかりましたね」
彼の言葉に、テオはハッ、とわざとらしく鼻を鳴らす。
「目撃情報を辿ればすぐに場所が特定できたぞ? もう少し目立たない様に行動するべきだな。先程の安い挑発といい、底が知れるというものだ」
くずはの眉がピクリと跳ね上がる。口元は相変わらず笑みが浮かんでいたが、目は笑っていない。静かにテオを見据えていた。
テオは殺気さえ含むくずはの視線を受け止め、ゆるやかに笑ったママこめかみを人差し指で叩いて見せた。
「もう少し楽しめると思ったか? 残念だったな。俺は、お前らとは頭のデキが違うんでね」
口元に笑みを浮かべたまま、くずはの瞳孔がキュウ、と小さくなった。
「……そいつを、殺して下さい」
いままでツァオを見ていた男たちの視線がテオに集中する。視線を一身に注がれたテオは、嘲笑を口元に刻んだまま指を鳴らした。
「GO!」
彼の声が響くのと、廃工場のガラスが全て割れるのはほぼ同時だった。
「ヒャッハーッ!!」
何人もの声が重なり合って、ゴーグルとマスクをつけた人間たちが窓から廃工場に突っ込んできた。何人かが、ドラックストアなどで売っている煙玉を地面に投げつける。もくもくと溢れ出る煙がその場を包み、無防備なまま煙にさらされた男達たちが咳き込んだ。
「なっ、なんだこれ!」
「げっ、うげぇっ!」
視界が悪いのは双方同じ条件であっても、煙を吸い込まないよう考慮した侵入者たちは、突然の状況に戸惑うばかりの男たちよりもはるかに素早く動く事が出来る。
とある男子生徒が戸惑う敵の首筋に蹴りを叩き込み、とある女子生徒が敵の腹部を殴りつけた。
テオの肩を遅れて入ってきた隆弘が掴み、彼を自分の背後に押しやる。壊れた扉から煙が逃げていくので、視界が悪いのは一瞬の事だ。テオ目掛けて襲い掛かってきた敵を、隆弘が殴り飛ばす。
窓を蹴り飛ばして廃工場に侵入した祐未が、ゴーグル越しに人質であるヴァレンタインとユトナを探す。
すぐに、煙の中で咳き込んでいる茶色の髪を見つけた。
「ヴァレンタイン! 無事か!」
「し、しらい、せんぱっ……」
祐未のすぐあとから、ノハもヴァレンタインに駆け寄った。
「ユトナのほうは隆弘にまかせよう。祐未、縄とける?」
「まてよ、これちょっと、キツくて」
祐未がヴァレンタインの腕にまきついた縄を引っ張る。
「早くしないと、煙がはけちゃうよ」
ノハの言葉に、祐未が
「お、おう!」
と返事をした。ヴァレンタインが痛みに顔をあげ、祐未とノハを見る。
途端、ヴァレンタインの顔に、熱い液体が降り注いだ。
「え?」
パタパタと周囲に降り注ぐ液体の色は、赤。
ヴァレンタインの正面にしゃがみ込んでいた祐未が口の端から血を吹き出す。
「あ……」
祐未が口を開くと、また血が噴き出す。腹部にナイフが刺さっていた。
「い、痛ぁ」
横からも、どこか間抜けな声が聞こえる。足を押さえたノハが地面に倒れる。右の太腿にナイフが刺さっていた。床が、赤黒い液体で汚れる。
煙が窓や扉から抜けていって、視界が晴れていく。ほとんどの敵が地面に寝転がっている中、ヴァレンタインの横に立っているくずはが、頬を血で汚し笑っていた。
「――勝手に窓を割ったあげく、せっかく持ってきたオモチャを盗もうだなんて、いただけません」
ヴァレンタインが大きく口をあけると、頬についた血が口に流れ込んでくる。
くずはがニッコリと笑った。
「そういうの、泥棒っていうんですよ」
ヴァレンタインの喉がヒクリと痙攣した。
入り口付近にいたテオが悲鳴を上げる。
「祐未ッ! ノハッ!」
くずはが、フラフラと立ち上がった仲間の男2人を見て祐未とノハを指差す。
「彼らを捕まえておいてください」
祐未がその場に膝をつく。同時に、男が彼女の肩を乱暴に掴んで、腹にナイフが刺さったままの彼女を床に組み伏せた。
ノハも同様に地面に縫い付けられる。
ヴァレンタインの目に、笑顔のくずはが映っていた。
――僕のせいだ
自分を助けようとした2人の人間が、怪我をして、男たちに押さえつけられている。
――僕の、せいだ……!
空気を吸い込んだ喉が、震える。
「うわぁあああああああああああぁああああああああああっ!」
笑顔を浮かべたままのくずはが、ヴァレンタインの悲鳴をうるさそうに聞いていた。