第1話 兄と妹 (その7)
美佐子は、停めたエレベーターの傍で待っていた。直ぐに病院へ搬送するだろうとの読みである。
隊員とストレッチーと女を乗せてから、最後に自分が操作盤の傍に立つ。
ストレッチャーに乗せられた男の顔が見えた。
キーを操作して、1階へ直行させる。動いている間にちらりと、女の顔を見る。
1階に着いて、ストレッチャーがスロープを救急車に向かって滑るように運ばれる。
気になっていた自転車も、ぶつからない様に整理されていた。
「では、私が付いて行きます。また、ご連絡しますので、よろしくお願いします。」と女が美佐子に言う。
「お大事に」と美佐子が答える。
最後に女が乗り込んで、救急車は、またけたたましい音を立てて走り去っていく。
辺りに集まっていた野次馬に、不謹慎にも安堵感と物足らなさが入り混じったような雰囲気が漂う。
「管理人さん、エレベーター使ってもいいですよね。」との声で、美佐子が我に帰った。
「はいはい、もういいですよ。キーを解除しますから・・・・」と言いながら、エレベーターホールへ向かう。
その美佐子にも、何か、不可思議な気分が残っている。
「ご苦労さんやったね。」と近づいてきた源次郎に声を掛ける。
「えらいこっちゃったなぁ、びっくりや。」と源次郎が答える。
「私はもう一度上へ行ってくるから、あんたは管理人室におってや。」と美佐子。
「あいよ。」と源次郎。
もう一度507号室に上がった美佐子は、まだ開けたままになっていたドアのところで、お竹さんを捕まえる。
「お竹さん、ほんまご苦労さん。」
「いゃあ、驚いたわ。美佐ちゃんも大変やったなぁ。」
「でも、うちのから、お竹さんが傍にいるって聞いて、少しは安心したわ。」と持ち上げる。
「源さんが大声出してたから、一体何があったんかと思うて。丁度、買い物に行こうかと思うてたさかい。」
「いやぁ、ほんまに助かったわ。脳溢血か脳梗塞かは知らんけれど、万一のことがあったら、後々エライコトになるさかい。」
「脳溢血や言うてたで、救急隊員も。まあ、見た所、命には別状ないとは思うけれど、後遺症は気になるわなぁ。ところでや、あの妹さんっていう人、看護師なんやて。本人が言うてたで。」
「そうなの?」
美佐子は意外な感じがする。何度かは見ているが、看護師をしている風には見えなかったのだ。
「妹というのも違うなぁ。あれは、男と女やで。見てれば分かる。」とお竹さんは断言する。
「まさか〜!」と美佐子は思う。思うが、明確な否定も出来ない。
(つづく)