第1話 兄と妹 (その6)
その間に若い方の隊員が「通報者」である及川可奈から話を聞く。
だが、彼女は単に通報しただけで、詳しいことは話せない。
「では、脳溢血だと言ったのは?」と気になっていることだけを確認する。
「それは、妹さんがそのようにおっしゃったので。」と可奈が答える。
「妹さん?」
「今、傍についておられる方です。脳溢血だと伝えてくれと。」
隊員が取って返して、和室に居た女に確認する。
「患者さんの妹さんですか?」
「はい。そうです。」と女が答える。
「発見されたのもあなたですか?」
「はい。発病は昨夜ではないかと思いますが・・・。」
「ご一緒におられたのですか?」
「いえ、彼は、ひとりで住んでいましたから。」
「では、どうして・・?」
そこまでで、年上の隊員が口を挟む。
「医師をなさっているんですか?処置が非常に適切にされていますから。」
「いえ、看護師ですが・・・。」
「やはりね・・・。おっしゃるとおり、脳溢血だと思います。嘔吐がありますが、幸い呼吸がしっかり確保されていますので直ぐに搬送します。ご指定の病院はありますか?」
「でしたら、すみませんが、山王大学付属へお願いします。主治医がそこにおりますから。」
「分かりました。その主治医の名前を教えてください。」とその隊員が言って、無線でどこかと交信を始める。
若い方の隊員がストレッチャーを部屋まで入れる。
「了解!」といって無線交信を終えた隊員が、
「山王付属が受け入れをOKしましたので、そこへ搬送します。」と言う。
隊員2人で、布団の上にかかっているシーツごと、男の身体をストレッチャーに乗せる。
上からベルトをかけて、患者の身体を固定する。
隊員はストレッチャーを前後で挟むようにして、エレベーターの方へ向かう。
その後を、女が紙袋を手に走るように追いかける。
あっという間の出来事である。
(つづく)