表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/54

第1話 兄と妹 (その53)

源次郎は、預かった携帯電話を握り締めて、何やら考えている。


美佐子は、不要となったビニール袋とペーパーバッグを奥に片付けに入っている。


暫く、そのままの時が流れていく。



管理人室の時計が、ボンボンボンと3時を告げる。

美佐子が、奥から声を掛ける。

「あんた、お茶にでもしょうか?・・・・珈琲か?・・・それとも・・・・」

源次郎が窓の外を眺めたまま、それに答える。

「渋〜いお茶にしてや。」


美佐子が玉露を夫婦湯飲みに入れてきて、ひとつを源次郎の前に置いて、自分は別のテーブルのところに座り込む。

「そやけど、あの妹さん、いや、正確には妹さんやないけど、健気なとこあったで。うちな、ちょっと見直してん。」

美佐子は、部屋の中での様子を思い浮かべるように言う。


源次郎がそれに頷くようにしながら、湯飲みを持って、美佐子が居るテーブルに着く。

「そうか、お前もそない思うか?・・わしもな、あんな人が向井さんところに出入りしとったとは、ほんま思わなんだ。でも、ええ子やで。向井さんらしいわ。あんな子に慕われとったんやさかい。」

美佐子が源次郎に近づくようにしてから、やや小声になって、

「あんたが知ってるかどうか知らんけど、あの子、お泊りはしてなかったで。ほんまに、ご飯一緒に食べに来とっただけみたいや。変に勘ぐったうちが恥ずかしゅうなったわ。」

と言う。

「それは、わしも聞いたわ。そういうことだったんや、と思うたな。」

「それでな、あの子、女物の茶碗や箸とな、テーブルクロスと珈琲カップの1個だけを持って行ったわ。可愛いなあ、って思うたで。ほんまに、好きやったんやで。思い出にしたいんやろうな、向井さんのこと。最後にな、部屋の中に向かって、有難うって頭下げとった。あれって、男冥利やな。」

「そうか、そない言うたんか。ほんまの家族なんやな。あの2人は。そんな、気がするで。」

「家族なぁ。ほんまの家族って、なんやろうな?うち、よう分からんようになったわ。」

「夫婦、親子、兄弟・・・・。そういうても、それだけで家族とは言えんような世の中になっとるしな。こうして、毎日一緒に生活しとるから、わしらも夫婦ちゃうか?これが、遠くに離れておったら、そりゃ家族とか、夫婦とか言えんようになるんとちゃうか?」

「まあ、それだけで、家族じゃなくなるとは思えんけど・・・・。そやけど、あんたの言うとおりかも知れんなぁ。もう15年も前やけど、あんたが東京の支店へ行くかも知れんと言うたとき、うちは、絶対に反対やって言うたやろ。まだ、ばあちゃんがおったさかい、うちが付いて行けへんのは分かっとったんや。それで、あんたひとり行かしたら、うちはもう夫婦やないって思うたもんな。」

「あれは、わしが浮気でもすると思うてや、と思とったんやが、違うんか?」

「一緒にいたかったんや。毎日顔見たかったんや。離れて暮らすなんて、うちには考えられんかった。ただ、それだけや。」

美佐子は、少しだけ照れたような顔をする。


「そうか、ただ一緒にいたいだけ、毎日顔が見たいだけ。それが、ほんまの家族なんかもしれんなあ。」

源次郎は、向井の携帯電話を握り締めている。

「あの子な、この携帯から、自分との送受信記録と自分の電話番号、全部削除してるんや。辛かったと思うで。・・・・・でも、これでええんや。これから、またほんまの家族を見つけたらええんや。そやなぁ、美佐子。」


美佐子は、にっこり笑って、大きく何度も頷いた。



(つづく)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ