第1話 兄と妹 (その5)
マンションの玄関先で救急車が停まる。
前と後ろのドアが開いて、中から救急隊員が跳んで出てくる。
「患者さんはどこですか?」と前から降りてきた隊員が端的に訊く。
「部屋です。自分の部屋。」源次郎が答える。
「何階ですか?」
「5階です。」
「通報者の方はそこにおられますか?」
「・・・・え〜と・・・」と、源次郎は答えられない。
「5階だ。上げて!」とその隊員が言うと、後ろから降りてきた隊員2人が、ストレッチャーを立てて、エレベータホールへ走り出す。ひとりは大きな鞄を肩から提げている。
そのとき、入り口に近いところにあった自転車と接触したが、隊員は構わずストレッチャーを押して入っていく。
救急車の音を聞きつけた野次馬達が、遠巻きに集まり始めている。
エレベーターはドアを開いた状態で1階で停められていた。美佐子がその入り口に立っていて、ストレッチャーと隊員が乗ってから、手動で5階へ直行する。
「エレベーターを降りたら、左です。ドアも開けてあります。」と美佐子が言う。
「患者さんはおいくつの方です?」と若い方の隊員が訊く。
「確か、60にはなってないと思いますけれど・・・」と美佐子が答える。
5階に着いてドアが開くと、隊員はすばやく左へ向いて走った。
20メートルぐらい先にドアの開いた部屋があって、その前に20代前半だと思われる女性が立っているのが見える。
2人の隊員はまっしぐらにそこへ向かう。
ストレッチャーを部屋の前において、部屋へ入る。まずは患者を!と言うことなのだろう。
お竹さんの誘導によって、隊員が和室に入る。
「はい、そこをどいてください。」と若い方の隊員が言う。
それまで片時もそこを離れずに男の頭を押さえていた女が素直に席を譲って、入れ替わりにやや中年の隊員がそこに屈み込む。
鞄から器具を取り出して、瞳孔の状態や咽喉の状態などを確認する。
布団の辺りには嘔吐の痕跡があることから、まずは呼吸の確保を優先する。
「分かりますか?聞こえますか?・・・・」と意識反応を探る。
男は、ぐったりした状態で、意識もないのか、まったく反応しない。
「確かに脳溢血の可能性大ですね。詳しいことは病院で検査しないと言えませんが。」と診ていた隊員が誰にともなく言う。
(つづく)