第1話 兄と妹 (その47)
管理人室に戻ると、美佐子が待ちかねていたように駆け寄ってくる。
そして、女から源次郎を引き離すように手招きしてから、早口でこう言う。
「あんた、ご苦労さんやったね。・・・ところでさ、向井さんの会社の人から電話があって・・・」
「ほう、やっぱりな。」と源次郎が応じる。
「なんや、掛かってくるの、分かってたってこと?」美佐子は不満そうである。
「いや、そういうことではないんやが・・・・」と源次郎はその後の言葉を飲み込む。
源次郎には確かな予感があった。
向井の実家に「亡くなった」と一報を入れた時点から、いずれは「会社」が前面へ出てくる筈だと思っていた。
仕事の都合で単身赴任している社員が亡くなった場合、連絡を受けた家族が真っ先にすることは、所属する会社への報告である。
ましてや、向井の妻は社長の一人娘だと聞かされている。それが事実ならば、大阪からの訃報は直ちに大阪にある本社と社長の自宅に折り返して連絡されている筈なのだ。
今日は土曜日で、休業日なのだろうが、向井が勤めていた会社ほどの規模であれば、そうした場合でも迅速な対応が出来るように、連絡網や情報連絡体制というものが整備されている。
その電話も、恐らくはそうした社員家族への対応を担当する部署の人間からのものだろう。とにかく、まずは事実確認からである。ひょっとすると、社長からの命令もあったかもしれない。
「それでさ、亡くなった時の状況を教えろとかさ、病名はなんだとかさ・・・いろいろと聞いてきて・・・。」
美佐子は眉間に皺を寄せて喋ってくる。いらいらしているときの顔である。
「それで、どう、答えたんだ?」
「そんなもん、うちははっきりとは聞いてないし、よう分からんさかい、救急車で運ばれた先の病院でなくなったそうです、とだけ言うたんや。」
「そしたら?」
「そしたら、その人、これからここへ来るって言うんや。」
美佐子は口を尖がらせて言う。苦手なのである。そのような相手は。
「分かった。そっちは任しとき。だから、彼女を早く部屋へ連れて行ってやってや。」
源次郎は、やや早すぎる会社の対応に多少の戸惑いを覚えたものの、まずは部屋の整理が先決だと思う。
美佐子が女を伴って507号室へ上がっていく。
下げているマスターキーの触れ合う音が、カチャカチャと寂しげに聞こえる。
「あっ!それからなあ〜」と源次郎は大きな声を出して、エレベーターの前に立った美佐子を呼び止める。
「念のためやけど、部屋整理している間、中から鍵かけときや。」と続ける。
美佐子は、一瞬、怪訝な顔を見せたが、源次郎が言っている意味を理解したのか、大きく頷いてエレベーターに乗り込んでいく。
それを見送ってから、源次郎は、電話の受話器をとって、名刺を見ながら電話をかける。
(つづく)