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第1話 兄と妹 (その46)

「そうですか。それだけでもご理解いただいているのなら、もう、私からは何も言うことはありません。」

源次郎は、やさしく、それでいて宥めるように話す。



それから、1時間弱の間、源次郎と女はその部屋にいた。

時には黙り込んで、また、時には自分の胸にある思いを吐き出すようにして、女の話は繰り返された。



私、歪んだまま、大人になったのかも知れません。


私の両親は、私と妹が小学生の時に離婚しています。父の暴力が原因だったそうです。

その後、母は私たち姉妹を連れて再婚したんですが、また、3年ほどで離婚しました。

そして、私が高校生になったとき、3度目の結婚。嫌でした。反対もしました。それでも駄目でした。

家庭の中は荒れていました。

私も、俗に言う「非行少女」になって、家に寄り付かなかった時期もありました。

家にいたくなかった。どこか遠くへ行きたかった。

「売春」にも手を染めました。お金が欲しかったのか、それとも男からお金を取ることに快感があったのか、今となっては自分でも分かりません。

経済的なこともありましたが、男にすがって生きようとする母に嫌悪感を感じていました。

同じ女として、母親を呪ったこともありました。

それが、私の出発点だったかもしれません。


ですから、男性に対する偏見もありましたし、軽蔑もしていました。

でも、そう思いながらも、男に身を任せてしまう自分がいました。


そんなときに、向井さんと出会ったのです。

本当に不思議な感じのする人でした。男を感じさせないと言えば変な言い方かもしれませんが、少なくとも私には「男」が感じられませんでした。

一緒に居て、歪んだ自分が窮屈だとは思わなかったんです。

男兄弟がいたら、こんな感じなのかなぁ、なんて思ったのです。

それが、とっさの言葉として「妹」と名乗ったひとつの要因かもしれません。


でも、それは私の身勝手だったんですよね。向井さんには、ちゃんとした奥様がおられて、娘さんがおられて。家族がおられたんですよね。私が、勝手に、お兄さんと感じていたのが厚かましいだけだったんですね。

だけど、それでも、そう思っていられた時間って、私にはかけがえのないものだったんです。

それを失った今、改めてそのように思います。



源次郎は、話したいだけ話せばいい、と思っていた。それで、心の整理ができるのであれば、黙って聞いてやるのも管理人の役目だろうと。

今は、病院の中で、何も言わずに家族を待っている向井に成り代わって、既に向井が聞いていたであろう女の生い立ちまでを、ただ静かに聞いてやる。



人間は、思いの丈を吐き出してしまうと、楽になる

女が落ち着いたのを見計らって、源次郎は、マンションへと女を連れて戻った。

午後の1時半を過ぎていた。



(つづく)




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