第1話 兄と妹 (その34)
それから、予定の20分を過ぎて、やがて30分が経過しようとしたとき、表にバイクの音がした。
「誰や?玄関先にバイクなんか止めて貰ろたらあかんで。」と思いつつ、源次郎が外を覗く。
黒いやや大型のオートバイが、入り口を少し過ぎたところで止められる。
大きなエンジン音が、ふぅっと消されるように、止められる。
その光景を見たとき、源次郎は息を呑んだ。
「えっ!・・・・・あんときの・・・・」
源次郎の声は言葉にならない、言葉にできない。
今まさに、マンションの入り口に乗り付けたのは、あの夏祭りの夜に出会ったあの黒ずくめのライダーなのだ。まだ、フルフェイスのヘルメットを脱いでるわけでもなく、声を聞いたわけでもない。
しかし、あのときのライダーだという確信は、源次郎に明確にあった。
オートバイのことは良くは分からない。分からないのだが、あのときに見た、お尻のほうがぴゅんと跳ね上がったような形には確かな覚えがあった。
源次郎は、美佐子に見つからないように表に出て行く。
別段に、悪いことをしているつもりはないのだが、あの夜の女であることに、何かしら「不安」のようなものを感じるのだ。何故なのかは自分でも分かっていない。
「もしかして・・・・あんた・・・・あん時の・・・」と可笑しな声の掛け方である。
その源次郎に気が付いたライダーが、軽く一礼して、ゆっくりとフルフェイスを脱ぐ。
そして、ヘルメットで押さえつけられていた髪を、頭を振ることによって解き放つ。
片手で、その髪を軽く掻き上げる。
あの夜見た、あの仕草とまったく同じ動作が、今、目の前で繰り返されている。
源次郎は、あの夜と同じように、ただポカンとした状態で、それを眺めている。
え〜と、確か、名前が・・・小暮とか言ってたよな、この女。そうだった、どこかの病院の看護師だとかも言ってたよな。
源次郎が、遠い記憶を思い起こしている。
とすると、向井が死んだことを知っていてやって来たのだろうか?それとも、まだ知らないのか。
おいおい、そう言えば、今回、向井が搬送された山王付属の病院で働いていたことがあるとも言ってたな。
そこからの情報でも入ったのだろうか?
それにしても、どうしてこの女がここにやって来るのだ????
あの夜の雰囲気からして、単なるお知り合いではない筈だと思う。
向井も、細かく詮索されることを避けていた。
それなりの関係だと勝手にだが思っている。
そうした関係の女が、またひとり現れたのだ。
源次郎の頭の中が、次第に訳の分からない焦りに繋がっている。
「この度は、お世話をお掛けいたしました。」
女が源次郎の予測していた範囲外のことを言う。
(つづく)