表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/54

第1話 兄と妹 (その28)

「でも、もう限界です。これ以上、引張れませんよ。」と向井は言う。


源次郎は、答えようがない。

サラリーマン社会の構図も分かっている。会社が用意してくれた定年後の再就職を断ることが、どのようにキツイことなのかも理解できる。

それでいて、「やってみたいことがある」という向井の心情も、同じ男として、それなりの理解がある。


そこまで聞かされていて、さきほどの向井が言った「腹を決めている」ことがどちらの道なのかを訊くことが出来ない。


来るときよりも、より一層暗くなった夜道を、2人が歩く。

「今頃、こんなことを訊くのは可笑しいんですけれど・・・・。どうして、私を、今日あの店に誘われたのですか?」

黙っているのが苦しくなって、源次郎が尋ねる。

少しの間があってから、向井が話し出す。

「そうですね。それも遊び心と言ったら、怒りますか? ・・・実は、今日はあの「夏祭り」にちょっとだけ顔出したら、直ぐにあの店に行くつもりだったんです。」

「はい。」

「そうしたら、たまたま管理人さんとお会いしました。ちょっとお酒を飲んで、いろいろお話をさせていただきました。」

「はい。」

「そうしたら、何か、あの店での私を知っておいて欲しくなったんです。可笑しいでしょう?」

「う〜ん、でも、どうしてこの私だったんです?」

「それは、自分でも分かりません。ただ、何となく、わかってくれそうな人だと感じたのかも知れませんね。勝手に決めちゃって、申し訳なかったですが・・・。」

「それはいいんですよ。私も貴重な経験させてもらったんですから・・・。」


小さな交差点で、信号が赤になる。

向井がポケットから煙草を取り出す。

「吸いませんか?」と源次郎にも勧める。

「いえ、辞めたもんで。退職を契機に。家内がうるさくってね。」と源次郎は断る。

「そうですか、お辞めになったんですか。私と、逆ですね。」と向井が笑う。


「本社に来てから、また吸い始めたんですよ。一度は、辞めてたんですが。」と向井は旨そうに煙草を吸って、言葉を続ける。

「一日、何もないところでじっとしていると、どうしても我慢が出来なかったですね。時間が有り余っていますから、どうしても喫茶店に行く。行くと、煙草の匂いが懐かしく思うんですよ。それに、横で旨そうに吸われると、もう駄目でしたね。本社に来て、1ヶ月でまた吸っていましたよ。」


なるほど、と源次郎も思う。

在職中から、何度も美佐子から「禁煙」を求められていた。

それでも、辞められたのは、退職後である。やはり、周囲の環境が影響する。


信号が変わって、また歩き出す。

向井は、ポケットから携帯式灰皿を取り出して、その中へ煙草を放り込む。

「ところで、今日の話は、是非、管理人さんの胸だけにしまっておいてくださいね。勝手に引張っておいて、こんなことを言うのは身勝手だと思われるでしょうが。」

「分かりました。」と源次郎は、自分の胸に手を当てる。



(つづく)




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ