第1話 兄と妹 (その24)
2曲目は、最初の曲よりアップテンポのようだ。
これまた、曲名も知らないが、どこかで聴いたことのある曲である。
相変わらず、床を這って、向井さん、いやジョージさんが叩くドラムの音が響いてくる。
腹に入ったアルコールを攪拌されているようで、まことに心地がいい。
周りの客は、皆、足や身体でリズムを執っている。さらに客の数が増えているようで、知らない間に、源次郎が座っているボックス席にも後2人座っている。
どうやら立ち見までいるようで、カウンターの周囲には、大勢の男達が立ったままで手を叩いたり身体全体でリズムを執ったりしている。
狭いのだが、ざっと数えても40人以上の客が入っているようだ。まさに、店全体が共鳴しているような錯覚に陥る。
ようやく2曲目が終わった。
盛り上がった店内からは、騒然とするほどの大拍手である。もちろん、源次郎も拍手を送る。
同じボックス席にいた男女が立って拍手する。
辺りを見ると、どの席の客も立ち上がっている。
傍にいたひとりの女性が、「あなたも立って!」というように手で催促する。
源次郎も、立って拍手を送り続ける。何か、夢を見ている様な感じがする。
最初にマイクを握った男が、再びマイクを握る。どうも、彼がリーダーらしい。
「では、ここで、一服・・・・ではなくて、・・・」と笑を取る。
メンバーを紹介すると言う。向かって左から、順に担当している楽器と、その奏者の名前を呼び上げる。
それに呼応するかのように、各人が、少しだけ楽器の音を出して、軽く一礼をする。
そして三番目に、向井さん、ではなくて、ジョージさんが紹介される。
軽く、ドラムを叩いて、一礼する。その笑顔がとても美しいと源次郎は思った。
すべてのメンバー紹介が終わったら、最後の曲を演奏するという。
店内のあちこちから、いろいろな曲名が叫ばれているようである。
つまり、リクエストをしているのだと、源次郎は思った。
「凄いんだなぁ。これだけのお客が、彼らのレパートリーを知っていて、その中から自分が聴きたい曲を叫んでいるのだ。ちょっとや、そっとのグループで、こなせることじゃない。」
ジャズは分からないが、テレビなどでやっているのを見ても、こうしたリクエストに即座に答えられるバンドは少ない筈だと思う。
「こりゃ、相当なもんだな。」
源次郎の中に、向井への尊敬の念が大きくなっている。
(つづく)