第1話 兄と妹 (その19)
買い物を終えたお竹さんが戻ってきた。
「美佐ちゃんいる?」と訊く。
「今、ちょっと、奥にいるけど・・・」と源次郎が言うと、
「まぁ、源さんでもいいや。・・・・」と言いながら、指で、「事務所の中に入ってもいいか?」と訊く。
答えをしないうちに、よっこらしょ!という掛け声とともに、両手一杯の荷物とともに部屋に雪崩れ込んでくる。
「独りぶんなのに、随分と買うんだね。」と笑顔を見せながらあしらう。
本当は、素直に自室へ戻って欲しいところだが、今朝の一件では世話になった借りもあって、そうは言えない辛さがある。
お竹さんは、そんな雰囲気ももろともせず、両手の荷物を床にどさっと降ろして、近くの椅子を引張ってきて、源次郎の横へ座り込む。
煙草を取り出して、ライターで火を付ける。
そして、美味そうに一服吐き出すと、おもむろに話し出す。
「ところで、向井さん、どうだった?連絡あったんだろ?ひょっとすると、ちと、危ないかも知れんとは思っとんだが。」と言う。
流石に付添婦をしているだけのことはあって、病人の顔から判断するようである。
「いやね、それが駄目だったってことだ。さっき、妹さんから電話があって。」
源次郎が、棚の上から灰皿を取り出して机の上に置きながら、そう伝える。
「そうか、やっぱ駄目だったか。もう少し早くに病院へ運べてたら助かったかも知れんが、あの顔色じゃあ、ちいと無理かいな、と思とった。」と、お竹さんは驚きもしない。
三口ぐらいしか吸っていない煙草を灰皿に押し付ける。それを、机の隅に寄せる。
「そりゃ、ご愁傷様やな。・・・ごちそうさん、ほな、上へあがるわ。部屋片付けるんだったら、声掛けてや。仕事やなかったら、手伝うで。」
お竹さんは、そう言ったかと思うと、また入ってきた時と同じように、よっこらしょ!と声を出して、両手で荷物を持ち上げて、身体でドアを押して出て行った。
よく気の付く、おばさんである。
ふと、源次郎がその後を追いかける。エレベーターの前で捕まえて、
「お竹さん、向井さんのことはあまりおおっぴらにしないで欲しいんや。」と小声で頼む。
お竹さんは、小さい身体なのに大きく首を縦に振りながら、
「それは心得とる。源さんのところの営業妨害にもなるしな。」としたり顔だ。
管理人室に戻ると、奥から美佐子が出てきた。
「あんた、今、お竹さんがいたやろ。」と言う。
「声が聞こえてたんか?」と訊くと、首を横に振りながら黙って机の上の灰皿を指差す。
なるほど、と源次郎は思ったが、美佐子はそんなことは意に介さないで、
「これからが大変やで。あんた、しっかりしいや。」と意味ありげな顔をする。
(つづく)