第1話 兄と妹 (その17)
振り返ると、そこには妻の美佐子が立っていた。いつから居たのだろう?と源次郎は思う。
「そうなの、駄目だったのね。・・・・・・・。」と美佐子が呟く。
「びっくりするだろう!いつの間に・・・・。いつからそこにいた?」と源次郎が訊く。
美佐子はそれには答えないで、
「妹さんって、本当の妹さんじゃないみたいね。こんなこと言うの変だけど。」と続ける。
何件かは集金できたようで、金庫を開けて現金と領収書の控えを仕舞っている。
「今の電話、聞いていたんだろう?」と源次郎は話を逸らす。
「うん、はじめから全部じゃないけれど、あんたが大きな声を出した辺りからよ。聞いてたのは。」
と、金庫のダイヤル錠を回しながら、美佐子が答える。
「妹さんから電話があってね。それで駄目だったと聞いたから。取り敢えずは、実家の奥さんには連絡しなきゃあと思ってね。」
「うん、そうだろうと思って聞いてたわよ。それで、奥さんが来るの?」
傍の椅子を近くに寄せて、美佐子は源次郎と向き合うところに座る。
「いや、どうも娘さんが代わりに来るみたいだった。奥さんはショックが大きいだろうしね。」
「また、向こうから、電話してくるのね。」
「ああ、そういうことになってる。」
「でも、困ったことになったわね。これで、あの部屋、後の入居者が来ないわよ。どうするの。」と美佐子はぼやく。
「まぁ、それはこれから考えるさ。今、いくら考えたって、どうしようもないだろ。とにかく、区切りだけはしっかりとつけとく必要があるからね。」
「暢気なことだわね。私の苦労も知らないで。」と美佐子のぼやきは続く。
「ところでさあ、・・・・・。」と美佐子が椅子についているキャスターを滑らせてくる。
二人の顔が30センチぐらいの距離までに接近する。
「妹さん、どうしてるの?まだ、病院にいるの?」と美佐子は声のトーンを落としてくる。
「まだ病院なのかもしれないけれど、後でここへ来てもらうことになってる。」と源次郎が言う。
「ふ〜ん、そうなの。・・・・・。」と美佐子は何らやら不満そうである。
「・・・・・・・・・・。」
「ねぇ、あんた、何か知ってるんじゃない?」と詰め寄ってくる。
「何かって、何だよ。」と源次郎は突き放す。
「あの妹さんって、本当は向井さんのこれだったんじゃないの?」と美佐子が小指を立ててみせる。
「そんな下品な言い方は死んだ人に失礼だろ。いい加減しておけよ。詮索は。」と源次郎は嗜める。
「はいはい・・・・・。分かりましたよ。」と美佐子は引き下がる。だが、納得はしていない顔だ。
「それと、奥さんから、いや娘さんから電話があっても、あの妹さんのことは言うなよ。話をややこしくするだけだからからな。」と源次郎が念を押す。
妻の美佐子は仕事をてきぱきとするいい女なのだが、こと「噂話」になると、人が変わったようにしつこくなる。それを踏まえての注意なのだ。
「それぐらいの配慮は出来るわよ。いくら私でも。」と美佐子が睨む。
そのとき、源次郎の携帯電話が鳴った。
(つづく)