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第1話 兄と妹 (その16)

「もしもし、私、大阪でマンション賃貸業をやっている吉岡と申しますが、奥様,良子さんはおられるでしょうか?」と源次郎は出来るだけゆっくりと話す。

「・・・・ああ、・・・少々お待ちください。・・・・・・」と相手は電話口を押さえて、誰かと話をしている。

どうも本人ではなさそうだ。


数十秒間の待ちがあって、

「お待たせいたしました。向井良子でございます。」と相手が変わる。落ち着いた声である。

「奥様ですか?向井忠明さんの奥様ですね。」

「はい、そうですが。・・・・・・。」

「実は、突然で申し上げにくいのですが、向井忠明さんが先ほどお亡くなりになりました。」

「えっ!・・・・まさか!・・・・ど、どうしてですか?」

「実は、マンションのお部屋で倒れられまして、私どもの方で救急車を呼んで病院へお連れしたのですが、間に合わなかったということでして・・・・・。医師は脳溢血だと申しておりました。」

「・・・・・・・・・・・・」

「もしもし、大丈夫ですか?・・・・突然のことで、驚かれたと思いますが、取り急ぎ、ご連絡だけは・・・と思いまして・・・。」

源次郎は、相手の呼吸を計りながら、要点だけを伝える。


電話口で、「ガタン」と大きな音がした。受話器が宙を舞っているような感じがする。

「もしもし・・・、もしもし・・・・。」と呼び掛けるが、応答がない。


「お母さん!」と叫ぶ声が電話口から聞こえる。

その後、何かをずらすような音がして、暫くは遠くで人が動いている気配だけが聞こえる。


「もしもし・・・奥様、大丈夫ですか?・・・」と再度、大きな声で問うてみる。


「もしもし、失礼を致しました。娘の佳代と申します。母はお話しできる状況ではないので、私がお聞きいたします。」

声から察すると、最初に電話に出た女のようだ。

「父が亡くなったと言うのは本当ですか?」と確認してくる。気丈な感じがする。

「はい、先ほど、病院から連絡がありまして。脳溢血だとのことです。お気の毒に。」

「では、父は今もその病院にいると言うことですね。」

「はい、病院は、山王大学付属病院です。場所は・・・・。」と続けようとしたが、

「とにかく、母は動けそうにありませんので、私がこれからそちらに向かいます。え〜と、飛行機の手配もありますから、それが終わったら、改めてこちらからお電話させていただきます。今、お掛けになられている電話番号でよろしいですか?」

番号通知で発信しているから、それを識別できるというのであろう。とにかく、最低限の連絡だけはできたと源次郎は思う。


「はい、この番号で結構です。それと、念のために、私の携帯電話の番号もお知らせしておきます。いいですか?・・・・・・・。」と、相手がメモを取れる様子になってから、番号を伝える。


その番号を再度確認しあってから、電話が切れた。


「ふ〜っ!・・・」と溜息が出る。「辛い話だから致し方ない」とは思うものの、やはりしんどかった。

取り敢えずは、連絡を待つことになる。


急に、身体から力が抜けて、それまで立ったまま電話していたことに改めて気付く。

椅子に腰を下ろす。


その源次郎の肩に、誰かの手が静かに乗ってきた。



(つづく)


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