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第1話 兄と妹 (その14)

「もしもし・・・・あのう、507号室の向井ですが・・・。」

あの妹の声だと源次郎は思う。

「あっ、妹さん。向井さんのご様子はどうですか?」

とりあえずはそう切り出す。


しばらくは、向こうの電話口から、声がしない。病院の外から電話しているのだろう、車が走る音などが耳に飛び込んでくる。人が行き交う気配も聞こえる。だのに、相手は話してこない。


源次郎は、以前に行った事のある山王大学付属病院の玄関脇の駐車場スペースを思い出していた。

きっと、あの辺りから電話しているのだろうと想像する。病院内は「携帯電話禁止」が徹底されているから、掛ける仕草をするだけで、職員から注意を受ける。公衆電話は病院内に設置されているが、狭苦しいのと、後ろに並ばれるので、落ち着いて話せないのだ。

彼女はここの電話番号も知らない筈だから、向井氏の携帯電話を持ち出したのであろう。それに、場合によっては、ここ以外にも緊急の連絡をしなくてはならない可能性だってあったのだから。


そんなことを考えていると、電話口から、女の泣く気配が伝わって来る。

「もしもし、大丈夫ですか?」と源次郎が気遣う。

「駄目でした。・・・・どうすれば、いいのか・・・・。」と詰まる声が聞こえる。


「えっ!駄目だったって、まさか、亡くなられたってことじゃあないんですよね。」

駄目だった、という一言で、結果が分かってはいたが、敢えてそのように問う。


「病院へ運んで、直ぐに先生に診て貰いましたけれど、手遅れだと・・・。病院に着いたときもまだ息はあったんですが・・・。」

その後は女の嗚咽だけが響いてくる。

「本当ですか?」

そう言いながらも、源次郎はこの後のことを考えていた。

「それはお気の毒なことで・・・・。ところで、何かお役に立てることはありますか?」

と管理人らしい配慮を示す。


「あのう・・・・・・。」

「はい。遠慮なく、何でも言ってくださいよ。」

またしばらく間があって、

「仙台に奥様がおられるんですよね。」と女が言う。

「はい、確か、そのように聞いておりましたが・・・・。」と源次郎が答える。

「そこに、電話して頂けませんか?管理人さんから電話して頂くわけには行きませんか?」と女は言う。


普通ならば、誠におかしな話である。

妹だと言うのであれば、実の妹であれ、義理の妹であれ、その実家の連絡番号ぐらいは知っている筈である。仮に、今、手元にその番号を記したものがないとしても、管理人から電話をしてくれと頼むこと自体がおかしいことである。

それに、今、こうして話している携帯電話は向井氏が使っていたものである。そこには、実家の電話場号が登録されていて当然な筈。なのに、女は、そのように言う。


源次郎は、向井と一緒に飲んだときの彼の顔を思い出している。そして、彼が「男と男の話」として聞かせてくれたことも思い出している。


「分かりました。私からお電話いたします。ですが・・・・・。」

と、ここで頭を整理する。

電話の先で、女が次の言葉に迷っているのを感じる。



(つづく)


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