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世界のひだまりは、僕が守る  作者: 岩瀬華
2 僕としもべと、時々勇者
7/21

06 かぞく


僕の家族は今どこにいるのだろう。


僕の友達は今どこにいるのだろう。


僕のクラスメイトは今どこにいるのだろう。


僕の大切な人たちは、今どこにいるのだろう。




週に三回はボコボコにされにやってくる妹・かすみ(とそのパーティの主たる勇者たち)を、僕は今日もご多聞に漏れずボコボコボコにして追い払った。


「今日はこのくらいにしておいてあげるわ……せいぜい今のうちに最後の晩餐でも考えておくことね!ふん!」

僕が負けたあと、「最後の晩餐」を食べる時間をくれるとでも言うのだろうか。我が妹ながらなんとも慈悲深いやつだ。


「ハイハイ、わかったから早く帰れ。お前ら毎回ボコボコにやられてるんだから、少しくらいレベリングしてから乗り込んで来いよ。それともそんなに俺に会いたいのか?」

「なっ……!」

何の気なしに言った僕の言葉を聞くや否や、かすみの顔が耳まで真っ赤に染まった。

「そ、そんなわけないじゃない!少しでも場数を踏んであんたの攻撃パターンを読みきって攻略してやろうとしてるんじゃない!こっちだって負けるたんびに所持金ガリガリ削られるんだから楽じゃないのよ?!少しは隙の一つも見せたらどうなのよ!」


ものすごい剣幕である。

体力ゲージが顔よりも真っ赤に変色し「瀕死」状態の「妹」の、どこにそんな体力があるのか。よくもまぁそんなに元気に舌が回るなぁ、と感心せずにはいられない。


と、そこへ割り込んで来たのは、真っ黒に焦げた勇者さまである。


「そうなんですよ!ここまで来るのにだってアイテム代、回復代、保険代がかかる。更に魔王に負けた時の所持金半額負担がある。家計は火の車です。それなのに、二日も経たずに二言目には魔王に会うんだと聞かなくて!"お兄さん"からも言ってや、グヘェ!」



「誰が!!!誰の!!!!お兄さんなのよ!!!」



「グハッ!ご、ごめんなさ、ウヘッ!や、やめて、あんっ♡」

「変な声出さないでよ!キッモ!」


勇者さまは味方の魔法使いに身体の急所という急所を足蹴にされ続けている。


「……お前たちのパーティは本当に、誰が率いているんだかわからんな……」

身の上話を最後まで語ることも許されずにパーティメンバーにいいように嬲られる勇者なんて前代未聞である。


なんにせよ、こいつらが僕を倒すのには、まだまだ先の話になりそうだ。




妹たちの戯れ合いをボケーっと眺めていると、僕の後ろでシュインッと近未来的な音がした。

一見壁にしか見えない空間が切り取られたかのように消滅し、出入り口が現れた(元々僕の部屋の押入れがあった場所である)。

そこからルイがゆっくり歩いて出て来る。


「ルイ?」

ルイは、僕が疑問を投げかけるのも華麗にスルーし、パーティへ歩み寄る。


「大変申し訳ないのですが、夫婦漫才の続きは〈はじまりのむら〉でお願いします♡」


接待用声色レベルMAXといった風情の話し方で、勇者たち一行に話し掛けるルイ。

ニッコリ、という擬音が聞こえてきそうなほどの笑顔だが、目が笑っていない。名状しがたい冷ややかさがそこには湛えられていた。


「あとがつかえておりますので」




黒焦げボロ雑巾の勇者とその仲間たちが暗闇の向こうに消えていくのを、僕ら二人は見送った。

ルイは先刻そのままの笑顔を僕へ向ける。怖い。


「困ります」


接待用声色はどこへ行ってしまったのか、完全にお説教モードである。怖い。

顔が笑顔のままなのも相乗して、さっきよりも怖い。


「……なにがでしょう」

「いくらご自分の妹だからといって、あのように戯れられては困る、と申し上げているのです」

「いや……戯れているつもりは」

「いえ、正確には彼女は亮さまの妹ですらありません。姿形は"妹"……かすみさんのものかもしれませんが、別ルートを生きる別人なのです。以前もお話しましたよね」


それは、まぁ、そうなのだが。

なんにせよ、無意識にせよ。


「確かに僕としても、"かすみ"相手には甘くなってしまっている部分はあるかもな」


言い訳がましくなってしまうかもしれないが、だって。"かすみ"は姿形ーーだけではない、声、リアクション、性格、なにをとっても妹そのままなのだ。

僕が兄ではなく、魔王であるという点を除いては。


そんなもの、感情移入するなというほうが無理な話ではないだろうか。


ルイはこちらを横目にちらりと見遣って言った。

「……はるか昔にも、王が美女にうつつを抜かして政治が疎かになり、民からの失望を受けて殺されたという話がごまんとあります」

「いや、だから、妹……の外見をした女に対してうつつを抜かすような趣味は僕にはないから……」



「兎に!角!」



僕の言葉を遮り、ルイは僕に詰め寄った。

そして小さな、しかしながらも鋭さのあるトーンで言った。

「一部の民を贔屓するような行動は慎まれますよう」


僕がなんと弁明しようと有無を言わせないという語気……否、覇気を放ちながら、ルイは背中を向けて歩いて行ってしまった。


壁と一体化している出入り口は、シュイン!と小気味よい音を立てて再び消滅した。




「どうしたんだろう……」

僕は思わず、ルイが吸い込まれていった壁に向けて呟いた。


ルイの様子は、明らかにいつもと大きく違っていた。

あんな風に大きく取り乱す姿を、僕は今までーー少なくとも今の僕に「バージョンアップ」して以来はーー見たことがなかった。




妹の姿をした"妹"、かすみのことが、ぼんやりと浮かび上がる。


そっくりな、別人。

僕の妹、渡部かすみではない、かすみ。



では、僕の他の家族は?

父も母も、この世界にいるのだろうか。

いるのだとしたら、今どこでなにをしているのだろうか。


友達は?クラスメイトは?


僕の大切な人たちは、今、どんな暮らしをしているのだろうか。


ひだまりのない、暗闇の支配するこの世界のどこかにいるのだろうか。


それがたとえ、同じ姿をした「別人」であったとしても。




ここで魔王として働いている中で、時々訪れる胸の奥の軋み。


教室の一番端っこ、救助袋の文字、吸い込まれた闇。




僕は今どこにいるのだろう。




僕が元いた、いや、僕が本来いるはずの世界は今……。




「亮さま」




「わあ!なななななんだ、ルイか!」

いつの間にか思考の奥深くに潜ってしまっていた僕は、背後にいるルイに全く気がつかなかった。


ルイに向き直り彼女の姿を捉えた瞬間、僕の目は驚きのあまり大きく見開かれた。



ルイは泣いていた。



真っ赤な装束よりも濃い真紅を湛えた瞳から、ぽろぽろと大粒の涙を零しながら。

それを拭うこともしないで、ぽつりと僕の目の前に立っていた。



「亮さま……ごめんなさい……わたくし……」



しゃくりをあげながら、涙の合間合間に一生懸命に言葉を挟み込むルイは、親に叱られ、ただ泣くほかない子どものようだった。



「ど、どうしたんだよ、ルイ。僕がルイに謝るならともかく、なんで君が僕に謝る必要があるんだよ」

「いえ、とんでもございません。お詫びしなくてはならないのはわたくしです。先程は、魔王さまたる亮さまに対して、無礼な態度を取ったことをお許しください」



僕からしたら、普段の売り言葉に買い言葉のほうがよっぽど「無礼」なように思えるのだが。

なんて言える雰囲気では、勿論ない。



僕をじっと見つめる瞳からは、今も絶えず涙が落ち続けている。



「わたくし、亮さまのことが、羨ましくなってしまったのです。……いいえ、羨ましいだなんて、そんな、清らかな気持ちでは収まりません……」



ルイは唇をぐっと噛み、振り絞るように言った。



「……妬ましく、なってしまったのです。

亮さまが、ご家族と……妹さまと、仲睦まじく過ごしてらっしゃるのを見て、羨ましくて妬ましくて堪らなくなって、我慢が出来なくなってしまったのです」




「……ルイ……」




「家族」と、ルイが言葉にするときの重みと思いを、僕は僕なりに想像する。




ルイのたった一人の家族のことを。




この隣の部屋で、今こうしている間も、たった一人で眠り続けている双子の姉のことを。




ごめんなさい、ごめんなさい、と泣き続けるルイ。




僕はさっき僕の胸の奥に生まれた鉛玉を、胸のもっともっと奥深くに沈み込ませることに決めた。




泣くことしかできないルイを宥める方法が思いつかない僕は、彼女を抱きしめることしかできなかった。

艶のある長い髪が、ふわりと僕の腕に触れる。




「亮さま……」

湿っぽい声が、耳の真横で揺れた。




僕の家族は今のどこにいるのだろう。僕の友達は今どこにいるのだろう。

僕のクラスメイトは今どこにいるのだろう。

僕の大切な人たちは今どこにいるのだろう。




僕は、今、どこにいるのだろう。

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