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世界のひだまりは、僕が守る  作者: 岩瀬華
2 僕としもべと、時々勇者
5/21

04 ゆうぎ

「だいぶ板についてきたようですね」

「おかげさまで」



 そう答えた僕に、ルイはタオルとスポーツドリンクを差し出す。



「おつかれさまです、亮さま」



 そして相変わらずの愛らしいほほえみ。

 十二時間労働の疲れも吹き飛ぶというものだ。

 


 苦しうない、苦しうないぞ。



「ところで」

 僕がスポーツドリンクを飲み干すのを見届けてから、ルイは語気を強めて切り出した。

 


 しまった、逃げ遅れた。



「本日は三回、誤った戦闘がございました。ご自身でわかっていらっしゃいますか?」

「はて」

「レベルが七十五以上体力が半分以上、全ステータスが平均以上の勇者との戦闘においては、たとえ有利に局面が進んでいたとしてもうまいこと敗北し、勇者に花を持たせるように言ってたはずですが」

「さて」



「経験値と報奨金と殿堂入り回数を稼ぐためにやってくるのですから、こちらもそのようにもてなしてさしあげなくてはなりません。それに、レベル七十五以上ほどの手練れともなるとプライドも高いのです。こんなことが続けばリピーターが減ってしまいます」



「世界を乗っ取るのなら、強いやつをやっつけたほうがてっとりばやいのではないの」



 はあ、とルイはため息をつく。



「これだから亮さまはいつまでたっても甘ちゃんなのです。あら失礼、本音が」

「なにをいまさら」



「魔王の支配の証、つまりはあの闇ですが、あれは力で奪っているわけではないのですよ」

「え、そうなの。てっきり倒した敵とか、奪った宝の数に比例しているのだとばっかり」



「いいえ、もっと精神的なものです。そのぶん奪うのも、取り戻すのも一筋縄ではいかないもの。

 平たく言うと、魔王が市民の心に取り入った割合、それがあの空です」

「八十パーセント以上もの心が、魔王に支配されているということ?

 あんなにたくさんの勇者か僕を倒しに来るのに?」



 いや、実際に倒されるわけではないのだけれど。でも毎日のように討伐されている身からしたら、心を奪っているというルイの主張は腑に落ちなかった。



「慣れとか習慣、と言ったほうがわかりやすいかもしれませんね。魔王の手によってひだまりがほんの少し削り取られたとき、世界は大騒ぎになりました。光を返せ、と。

 勇者だけではありません。老若男女問わず、ほとんどすべての人間が魔王に反対しました」



 当たり前の反応だ。想像するのは難しくない。

 現に僕だって最初はひだまりを取り戻そうと意気込んだ。



「でも、それは最初だけ。しだいにみんなひだまりのない生活に順応していきました。太陽光の代わりになる機械を発明したり、生活のリズムをずらしたり。

 ひだまりがないならないなりに、工夫して生きるようになったのです」



 彼女は慣れ、と言ったが、諦観に近いのかもしれない。圧倒的な力の前で、自分ではどうにもならない状況下で、与えられた環境に適応する他なかったのだろう。



「そんななかにあってもやはり、魔王は悪いやつだという気持ちは完全にはなくなりません。ひだまりがなくて不自由なことだってゼロではないでしょう。

 そういう気持ちを晴らしてくれるのが、勇者という存在なのです」



「自分たちの気持ちを代弁し、悪者をやっつけに行ってくれる人間が、あの勇者たちなのか」

「はい。ですが本気で倒してやろうとかかってきたのは、これも最初のうちだけでした。勝てる者など誰もいなかったのです。勇者が経験値を積んでアイテムを集めて魔王を倒しにくる、というのはだんだんとアミューズメントと化していきました。憂さ晴らしであり、暇つぶしです」



「それが今の状態か」



 ルイは大きくうなずく。



「魔王がいて、魔王を倒しに行って、闘って。この状況を、今やみんなが楽しんでいます。

 魔王が来て困ったことなんて、それこそひだまりを奪われたことくらいのもの。魔王という共通の標的を持つことで結束も硬くなり、勇者制度の発達で経済も豊かになって、事実いいことしかないのです」



 そこまで言うと、ルイは真っ暗な空を指さす。



「あの空がその証明です。魔王がここで勇者を迎え討っているだけで、闇は勝手に増幅していく。

 市民は魔王を無意識に支持しているのです」



 魔王討伐のアミューズメント化。そうかもしれない。魔王はもはやサービス業なのだろう。暇つぶし道具を用意し、番号札を持って並ぶ勇者たち。中には「ファストパスとかないんですか」などと聞いてきた輩もいたくらいだ。



「ですから亮さま。身勝手な行動は慎んでくださいますようお願いいたしますね、何卒」



 にっこりと微笑むルイ。

 なぜだろう、有無を言わせない強い力を感じる。というかそもそもこいつは何者なのだろう。



 魔王による侵略は順調で、空のおよそ八五パーセントは闇に飲まれていた。

 このままで行くとひだまりは、本当に世界からかけらもなくなってしまうのだろうか。自らが中心となっている立場で言うのも白々しいことだが、なんだかちょっと、いやかなり、さみしいものがあった。



「よいのですか、亮さま」



 そんな僕の考えを知ってか知らずか、ルイは僕に尋ねてきた。



「このまま、ひだまりがなくなってしまっても」



「なにを言うんだいきなり。魔王である僕が進めていることだぞ。

 いいもなにもない。万事順調、いいことじゃあないか」



 いいことなのか?本当に?



「しかし亮さまは、最初は、世界の僕がひだまりを守る!とおっしゃっておいででした。どや顔で」

「その話まだ引きずる?」

「いえ、今回は亮さまを馬鹿にするために持ち出しているのではありません」

「うそつけ!」

「あれが亮さまの本心だったのではないかと思い、気になっていたのです」



 確かにあの時は、男に二言はない!などと理由をくっつけて押し切ったけれど。



 そう。本当は、僕はひだまりが大好きだ。

 春のひだまりの心地よさといったら、何物にも代えがたいものがあろう。

 


 それが全て闇になってしまうなんて、嫌だった。

 


 だからこそ、腕に覚えなんてかけらもない僕にも関わらず、魔王討伐を引き受けたりなんかしたのだ。



 でも。

 


 あんなものを見せられてしまっては、もう僕は、後には引けそうになかった。

 


 あんなものーーこの隣りの部屋で眠り続ける「あれ」のことを思うと。

 ひだまりがどうとか言ってはいられないような気がしていた。



「いいんだ」



 僕は自分に言い聞かせるようにして言った。



「僕はこれでいい」



「さようでございますか」

 ルイは先ほどと変わらない、相変わらずの笑顔で答えた。



「安心いたしました」



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