03 いもうと
『ぴんぽーん♪ 番号札、一八八番でお待ちの勇者様。闘技場まで、お越しください!』
「亮さま、次の勇者様ご一行はパターンB・フォーメーションDです」
パターンB。体力を半分残して始末。
フォーメーションD。勇者・剣士・魔法使いで構成されるパーティ。
「了解。通して」
僕の合図を受け、いかつい門がぎぎーっという大層な効果音と共に開く。ざすざすという足音を響かせながら、勇者様ご一行が入場してきた。その中心で、勇者様が大見栄を切る。そして僕も決まり文句で応じる。
「ようやくここまで来たぞ、魔王!ひだまりを返してもらう!」
「ぐはははは……、待ちくたびれたぞ勇者ども。返り討ちにしてくれるわ」
どうやって倒そうかなあ、などと考えながらパーティを眺めていると。三人組の一番隅に目が行った。 どこかで見たような。ローブをかぶっている上にうつむいているためよく見えない。
魔法使いの恰好をした少女。
あの子は。
「かすみ?」
呼んだ瞬間、少女はぱっと顔をあげた。その顔を見て確信する。
やはり間違ってはいなかった。
彼女は渡部かすみ。俺の妹だ。
「かすみ! やっぱりかすみだ!」
仲がいいとは言えない兄妹ではあったものの、ここまでのどたばたが壮大すぎていがみあっていた妹ですらも愛しく思える。気がする。
「かすみ、お前こんなところでなにして」
「なにしてんの」、まで言い終わることはできなかった。
我が愛しき妹の拳が、僕の左頬にクリーンヒットしたのだ。
「えっ」
「変態!」
「えっ!」
「さっきっから人の名前を気安く何回も何回も!あんた何様のつもり?信じらんない!」
「魔王さまだ、ぶっ!」
ちょっとふざけたら右頬にニ発目をくらった。こいつ容赦ない。
「わたしの名前、どこで聞きつけてきたか知らないけれど、それ以上勝手に呼んだらただじゃおかないから」
「いや、かすみ、俺だよ俺、わかんないの?本当に?」
「人の話聞いてたわけ?しばくわよ!」
「まあまあ」
見るに見かねた勇者様が仲裁に入る。どんな画だ。
「先制攻撃をニ発も繰り出してくれたのはありがたいが、これでは話が進まないではないか」
「あんたは自分の活躍の場が減るのがいやなだけでしょ」
「……」
「まあいいわ。正々堂々対戦の場でこらしめてあげる」
いきり立つ妹。目に見えて落ち込む勇者様。怖い。
僕は隣りに控えているルイに小声で聞いた。
「ねえ。なんであいつあんなに怒ってるの」
「あら、ご自分のなさったことがおわかりになっていらっしゃらないのですか?本物の変態さんでいらっしゃられたのですね。怖い怖い。あっ、この線よりこちらには来ないでください、虫唾が走ります」
「なにそれ!やめて!」
「……本当におわかりではないようなのでご説明いたしますね。亮さまが彼女のお名前を呼んだからです。名前を呼ぶ、ということは、相手を所有することに他なりません」
「しょ……所有?」
「ましてや初対面の相手に、このような場で、しかも呼び捨てで。これは道ですれ違った見ず知らずの人間にいきなり求婚され一方的に誓いのキスをされたのにも等しいでしょう。相手の捉えようによってはそれ以上にも値するかもしれません。いずれにせよ、失礼千万なふるまいであることに間違いはありません。二発殴られたくらいで済んでよかったですね」
「所有とか、求婚とか、誓いのキスとか。誤解だよ。第一かすみは俺の妹なんだぞ?ていうかあいつ、俺のこと本当に覚えてないのか?」
「いもうと!亮さまにはそういったご趣味がおありだったのですね……!
わたくしとしたことが気がつきませんで」
「……なんのこと」
「亮さま。必要ならばわたくし、亮さまのことをお兄さまとお呼びすることもやぶさかではございませんよ……?」
「必要ない!」
「ああ、ではどうしてもあの魔法使いの小娘がいいとおっしゃるのですね。あの娘を伴侶として迎え、お兄さまと呼ばせあんなことやこんなことを」
「いや!だから!実の妹なんだって!」
かすみが伴侶?「お兄さま」?気味悪さしかないわ!
「おふざけはこのくらいにいたしましょう。亮さまがなんとおっしゃっても。この世界においては亮さまに妹さんはいらっしゃいませんよ」
「えっ、じゃああいつ、かすみは」
「別ルートを生きる別人でございましょう」
別ルート。僕の本来生きていたはずの、僕が本来生きてきたと僕が思っている時間軸の、人間。
かすみであって、かすみでないのか。なんだか複雑な気分だ。
「あれ。でも僕、ルイのことはずっとルイって呼んでいるぞ」
「ああ、それは至極当然のことでございます」
ルイは「線」を自ら越えて僕に一歩歩み寄った。その表情はいつになく真剣そのものだ。
「わたくしは生まれたその瞬間から、亮さまの所有物でございます。
亮さまに危険が迫れば、身を呈してお守りいたします。
必要があれば、お好きなようにしてくださってかまいません。
わたくしは、そういう存在であり、それ以上でもそれ以下でもありません」
そういうとルイはいつもの愛らしい笑顔に戻り、小首をかしげながら、にこっ。
くそっ、かわいい。
「ルイ……」
呼んで、そのきめ細やかな白い頬に触れようと手を伸ばした、その瞬間。
「いったいなにをいちゃいちゃしているのよ!」
いい雰囲気を邪魔立てしてきたのは妹であって妹ではない魔法使い、かすみである。
「あんた自分の立場がわかってるわけ?わたしたちがわざわざあんたのことを倒しに来てやったっていうのに。黙って見てればさっきから……!」
「魔法使い、落ち着け。魔王を前にしてのイベントなど、さして珍しくもないではないか。テキストを読み終えるまでしばし待とうではないか。な?」
「うっさい!」
ぴしゃーん!
宥めようと試みた勇者様に、かすみの放った雷がクリーンヒットした。
勇者様は真っ黒になった。
対戦に移る前に勇者様が満身創痍である。しかも仲間割れで。敵ながらあわれである。
ぼろぼろの勇者様を尻目に、我が妹はローブを翻しながら胸を張る。
腰に手をあてがい、僕を指差して高らかに言った。
「さっさとかかってきなさいよ!
魔王だかなんだか知らないけど、わたしがぶっ潰してあげるわ!」
それ、俺の台詞。
勇者の心の声が聞こえてくるかのようだった。
威勢だけは満点のかすみであったが、元々パターンBに割り振られていたパーティだった上に勇者様もぼろぼろだったため、僕はあっさりと勝利した。体力は半分どころか四分の三は残っていそうな勢いである。
「口ほどにもないやつらだな。せいぜい腕を磨いて来るんだな。わははははは」
とまぁ、お決まりの文句を口にする僕。いつも社交辞令みたいな気持ちで言っている言葉だが、今日のこのパーティに関しては本当に、ちゃんと腕を磨いてから来てほしい。というか、あの凶暴な妹を飼い馴らしてから来て。誰が勇者だかわかんないし、僕も大変だから。
瀕死状態の勇者様を抱えながら、〈とうぎじょう〉を後にしようとしている妹たち。その背中を、僕はぼんやりと眺めていた。
別ルート。一体なんなのだろう。僕が本来いるべき世界とは、どこなのだろう。
今まで目を背けてきた問題が急に浮きあがって来て、胸のあたりが重くなる。
目を背けてきた……?
いや。正直に言えば、忘れていた、のほうが近いのだ。この大きな問題について、忘れていたし、それくらいにはこの世界が日常としてなじんでいた。
なんだか。考えねばならないことはたくさんありそうだ。
すると、ぼんやりと見ていた背中のうちの一つが、くるっと踵を返してこちらへ向かってきた。
かすみである。
そのまま、肩を怒らせながらつかつかと僕に歩み寄る。かわいい妹は、二〇センチほど下から僕を睨みつけている。眉間に寄ったしわが、恐ろしさを割り増していた。体力も魔力もすっからかんのはずなのに、この覇気は一体どこから湧いてくるのだろう。門前で黒く小さくなっている勇者様にも見習ってもらいたいものだ。
「……今日、たまたま勝ったくらいで調子に乗らないでよね」
しかしその覇気とは反対に、かすみの声は存外小さく弱々しいものだった。
確実に怒鳴られると思って身構えていた僕は、不意を突かれて、
「お……、おう」
と、なんとも間抜けな答えを返す。
かすみもかすみで、そんな僕の対応に不意を突かれたのか、所在なさげに視線を泳がせた。先ほどまでの強い眼光はすでになく、うつむいて斜め下へと目線を逃がしている。
「……ま、また来るから……。それまでちゃんと、元気でいてよね」
「えっ?」
まさかの健康祈願に耳を疑い、僕は思わず聞き返した。
するとかすみは耳たぶまで真っ赤に染めながらわなわなと震え、ばっと顔をあげた。
「あんたを倒すのはこのわたしだって言ってんのよ!それまでに他の誰かに倒されでもしたら……、絶っ対に許さないんだから!わかった!?」
怖いタイプの妹に戻っている。
「わっ……、わかりました!」
慌ててそう言うと、
「ふんっ」
かすみは腕を胸の前で組み、ふんぞり返りながら言った。
「わかればいいのよ、わかれば」
そして僕の頭を思いっきり小突くと、またもとの道を引き返して勇者様のもとへと戻って言った。
勇者様は勇者様で、
「ねぇー、なにしてんのー。早く帰ろうよー」
などとぐずっている。本当に誰が勇者なのだろう。よくわからないパーティである。
僕はかすみに小突かれた頭を撫でた。
「痛ってぇ……」
あいつあんなに力強かったっけ。
その様子を、ルイはにやにやしながら見ている。
「モテる男は大変ですわねー」
「モテるもなにも……」
妹だし。敵だし。
「自分の気持ちを前面に押し出し、無理矢理にでも相手の懐へと入っていく……まさに正面突破。初期装備のみで、要塞に正門から御免下さいと入っていくかのような潔さ」
「なにその譬え」
「それが亮さまの、必勝法。モテテクというやつなのですね」
勉強になります、と頭を下げるルイ。
「さすが世界を統べようとする魔王さまだけあって、女を手玉にとる術も心得てらっしゃる」
「なんで敵である魔法使いを手玉に取らなくちゃいけないんだよ。しかも見た目は妹だぞ。ていうか僕からしたら完全に妹だぞ。どうでもいいわ!」
「ではあの子とのことは遊び……、からかったのですね。かわいそうに」
うう、と泣きまねをするルイ。
と、思いきや、突然にやりとほくそ笑んでこちらを見た。
「でもまぁ、これで亮さまはわたくしだけのもの……」
「お前なぁ……」
「ふふ、でも亮さま。あの子の心はもう亮さまのものですわ……。あの目を見ればわかります。モテる男は大変ですわねー」
「もう……なんとでも言えよ……」
……なんだか。考えねばならないことはたくさんありそうだ。うん。