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世界のひだまりは、僕が守る  作者: 岩瀬華
4 仕事にすべてを賭けられますか?
18/21

16 いのち

タツキは光を失った目でこちらを見ていた。

見ていた、というよりは、ただ「眺めていた」。


そこに、タツキの心は見えなかった。


「しばらくして……畑に戻ったひだまりはすぐに消えてしまった……じいちゃんが友達のために植えたトマトは、光を失って、あっという間に枯れていった」

タツキの声は、どんどん細く小さくなっていく。


「そうして、最後のトマトが枯れた日。じいちゃんは死んだ」


じいちゃんは死んだ。

僕のせいで死んだ。

じいちゃんを殺した。



僕が、じいちゃんを殺した。



「亮、将棋指そうや!」

じいちゃんはニコニコしながら、縁側に将棋盤を用意する。脚も付いている、いいやつだ。

「嫌だよ、じいちゃん強いだもん!」

「飛車落ちか?それとも……飛車角落ちか?」

「……飛車落ちで」

「お前さんそれで前回も負けなかったか?」

「うっ……!待ったアリにしてくれよな!」

「仕方ないなぁ。よし、そっちへ座れ!」

「よっしゃあ!」


パチッ パチッ パチッ ………



頭の中が真っ白になる。くらくらする。

心臓はこんなにもドクドクドクドク脈打つのに、血が足りない。手足は冷たくて力が入らない。胸の奥は窮屈で、吸った息が全く透過しない。



違う。違う。違う。僕は、違う。

じいちゃん。



「違う……違うんだタツキ、僕は……誰かの命を奪おうとしていたわけじゃなくって……僕……僕……」

僕の言葉を聞いたタツキは怒鳴り散らしながら、僕の胸ぐらを掴んだ。

「貴様、俺の名前をなぜ知っている!気安く名前で呼ぶな外道め!人殺し!」

「だから違うんだって!僕だってじいちゃんのことが」


僕の「言い訳」を、楓が怒りを押し殺した声音で制止した。

「……なにが違うっていうの……!あなたがひだまりを奪ったことによって、じいちゃんが死んだ。しかも、一度は希望をもたせ、それを再度奪うという形で、殺した。……それは、間違いのない事実」



「僕だって、ってなんだ……?お前に俺のじいちゃんのなにがわかるんだよ……!」

タツキは、タツキのものとは思えないものすごい力で僕を押し倒し、馬乗りになった。

僕は、ただただ、為されるがままになっていた。頭も、体も、動くことを拒絶しているかのようだった。



僕は、タツキのじいちゃんのことを知っている。

でもそれは本来ならば「別ルート」の僕の体験で、「このルート」には、「この僕」はいない。

魔王である「僕」が、タツキのじいちゃんにトマトをもいでもらったり、将棋を指したり、するわけがないのだから。


でも「僕は」、タツキのじいちゃんのことを知っている。そしてそのことを、タツキに説明することはできない。説明しても意味がない。わかってもらえない。

そして、僕がなにをしたところで、タツキのじいちゃんは帰ってこない。

僕がじいちゃんの命を奪ったという事実は変わらない。



僕の上に馬乗りになったタツキは、力一杯僕の顔面を殴り続けていた。でも僕は、なにも感じなかった。他の誰かが殴られているかような感覚だった。


「くそ!くそ!俺たちの気持ちも知らないで!暗闇のなかで生きてる人たちのこと考えたことあるのかよ!光がないってどういうことか考えたことあるのかよ!」


雨が落ちてくる。

違う。これはタツキの涙だ。

タツキが泣いている。争いを嫌い、暴力を嫌い、虫も殺せないで騒ぎ立てていたタツキが、僕をボコボコに殴りながら、泣いていた。


「……代替技術が発達したとはいえ、全ての国民がそれを享受できるわけではない……それに、技術だけでは補えないモノを大切にしている人たちもいる。タツキのじいちゃんもそのうちの一人」

楓は言った。

「ひだまりを奪われたことで大切なモノを失い、絶望して死んでいった人たちは、まだまだたくさんいるはずよ」


雨と勘違いしたものは、タツキだけの涙と思っていたが、違った。いつの間にか僕も泣いていた。顔中が出血と大粒の涙でぐちゃぐちゃになっていた。そんな状態でありながら、なんの感覚も僕にはなかった。ただ、胸だけが張り裂けそうに苦しかった。世界がぐるぐると回り出す。


「タツキ……!楓……!僕……なにもわかってなかった……なにもわからないで……みんなのことを傷つけて……。ごめん……ごめんな……タツキ……!」


「謝って済む問題じゃ……!」


拳を思い切り振り上げるタツキ。僕は反射的に目を瞑る。


……が、いつまで経っても拳は降りてこない。

僕が恐る恐る目を開けるとーータツキの動作は、拳を振り上げた状態でピタッと止まっていた。

信じられない、という表情で、僕の顔を凝視するタツキ。そして呟いた言葉はーー



「……亮……?」



瞬間、僕の目の前は真っ暗になった。


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