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意思は世界を駆ける  作者: 睦月
1章 出会い
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出会い

 ザシュッと切り裂く感触が、剣越しに伝わる。

 それを厭う気持ちなど感じる間もなく、カイトは次の敵へ視線を移した。そこにはこちらを必死に威嚇するオオカミの姿がある。

 その様は動物の生への執着を感じるものだったが、カイトはふっと息をもらしてしまった。


 残念、腰がひけてる。


 オオカミに腰があるかどうかなどカイトには分からないが(そして興味もないが)、後ろ足が後退している敵を捉えて、大剣を振り上げる。戦意を少しでも減らした時点で、もうその生は危うい。日々糧を得るために闘う生き物なら、それが分かるだろうに。いや、日々闘う生き物だから、分かったのか。


 自分が、目の前の生き物には適わないということを。


 動物ならではの黒目に恐怖を表したオオカミを、先ほどの敵と同様に切り捨てた。恐怖それ自体を認識した時点で、敵は獲物となった。


「終わりましたね」


「ああ」


 相棒が細剣を振って声をかけてきた。剣に付いた血を、払っているのだろう。そちらを見やると、その足元には一匹の獣の死体が。自分より一匹少ない。楽しやがって、と思ったが、声に出してはなにも言わなかった。怖いので。


 カイトが近寄っていくと、相棒-サラディールは辺りを見渡して小首を傾げた。その時に、彼の束ねている銀糸の髪がさらさらと肩を伝って背を流れた。


「それにしても…、少なすぎやしませんか」


「そうだな、群れにしては少なすぎる」


 相棒の疑問に、大剣を背の鞘にしまいながら、あっさりと答える。相棒の疑問はもっともであった。


 この辺のオオカミの群れは、比較的多い。他所のそれとは違い、十数匹で固まって行動することが多いのだ。それがこの地方で生き抜いていく上で、必要なことだったのだろう。しかし、今足元に転がっているのは三匹。少ない。


 少ないからどうだ、という訳ではないのだが…妙に気になった。


「それに、妙に血気盛んだったような気がします」


 剣を腰の鞘にしまい、サラディールが続ける。唇に指を当てて思考に入っているその姿を、カイトは呆れた表情で眺めた。


「血気盛んって、お前ね…」


「言い方が悪かったかもしれません。ですが、そう感じませんでした?苛立っているというか。私達を見かけた途端、躊躇なく襲ってきましたからね」


「……まあね」


 もう一度倒れたオオカミに視線を戻し、息を吐く。


 血気盛んというのは違うような気がするが、言いたいことは分かった。普通野生のオオカミでも、見つけた途端襲ってくるということはない。相手の力量を図ったうえで、闘うかどうか決めるものなのだ。それが、このオオカミ達は違った。出会った途端、戦闘が始まった。


 目が、血走っていた。


「仲間が殺されたかな?」


 首の後ろを掻きながら呟くと、相棒が小さく首を振りながら息をついた。そして答える。


「まあ、そうかもしれません。とにかく、どうにしろ用心するにこしたことはありませんね。少なくとも、次の街に着くまでは」


 そこまで口にしてから、サラディールはきっと顔を上げた。大男を見上げて、きゅっと眉を顰める。


「貴方ですよ、カイト。獲物を見つけて突然走り出したりするの、止めてくださいね?敵の始末に加え貴方とかけっこなんてそんな面倒な真似、させないでくださいよ?」


 言葉は丁寧だが、なんだかそこはかとなく責められている気がする。いや、責めている。カイトは視線を若干相棒の蒼の瞳から逸らして、ええと、と唸った。反論を試みる。


「そんな、突然走り出すことなんてないだろ…第一、かけっこって……」


「したでしょう、もう忘れたんですか?前の村で、賞金首の詐欺師を見つけたときのことですよ。呆れた、つい二週間程前のことだというのに」


 弱々しい大男の反論に、サラディールは目元に手を当てて空を見上げた。オーバーアクションである。……確かに、そんな記憶もあるけれども。細身の相棒を見下ろすと、眉尻がきゅっと上がっている。やばい、これは小言が始まる合図である。


 なんとかこの窮地を逃れねば(野生のオオカミなどより、よほど強敵である)と辺りを見渡せば、ふと遠い木陰になにかの動きが見えた。


「だいたい貴方は、」


「ちょっと待った」


 口撃をしかけようと口を開いた相棒の目前に手のひらをかかげ、それを止める。不満げに見上げてくるところへ顎を振って先ほどの木陰を指すと、流石相棒である、表情を一瞬で変えた。何かが蠢く気配を感じ、細い眉をしかめる。


「なんでしょう、こんなところにいるなんて、まさか…」


「行ってみよう」


 それだけ呟くと、カイトは駆け出した。いや、言い終わる前に既に足が動いていた。ガタイも大きく足も長いカイトである、数瞬後にはもうその木陰に近づいていた。


「………貴方という人は!!!」


 残されたサラディールは盛大に舌打ちしながら、しかし男の後を追って駆け出したのだった。




「そこを退いてください」


 凛とした声が、その場に響く。その声は高く、まだあどけなさすら残していたが、それを微笑ましく思うものは残念ながらその場にはいなかった。


 高い声が響いた後に続いたのは、低い嗤いである。


「そうは言ってもなあ、お嬢ちゃん。俺達だって好きでお嬢ちゃんを囲んでいる訳じゃないんだよ」


 そう言ったのは、隆起した筋肉を持つ男である。


 その場には少女が一人と、それを囲むように男達が数人いた。男達は皆一様に下卑た笑いを浮かべ、お互いに視線を合わせている。


「そうそう、ちょっとお嬢ちゃんに一緒に来てほしいだけなんだよ」


「ま、そこから帰れないかもしれないけどねえ」


 何がおもしろいのか、そこで男達はどっと笑った。相対する少女はといえば、自分を取り囲んでいる男達をじっと見つめている。その大きな黒目にはなんの感情も灯ってはおらず、何を考えているのか窺い知れない。


 少女は男達の囲いの中へ一歩進み出ると、小さな口を開いた。


「帰れないのならば、ご一緒することは出来ません。そこを退いてください」


「はあ?」


 そこでようやっと男達は少女をまともに見下ろした。まだ嗤っているものもいるが、少女の手前にいる男は笑みを引っ込めて身を乗り出した。


「何言ってるの。逃げられやしないよ。お嬢ちゃんは俺達に荷物を取られて、売られる運命なの」


 男の大きな顔が迫ってきても、少女は引かない。


「そのような運命は持ち合わせていません。また、私は商品でもありません」

 

「……はっ」


 男はしばし無言で少女を見下ろしていたが、ふいに息を吐くと、顔を歪めてまた笑い出した。その男が笑い出すと、伝染したかのように周りの男達も笑い出す。少女は、それらを無感情そうな瞳で見渡した。


「お嬢ちゃん、自分の立場というものが分かってないようだな。俺達はお願いしてる訳じゃねーんだよ。おとなしく来な」


 もういい加減この少女とのやりとりに飽きたのか、男は少女の手を取ると、自分の方へ引き寄せた。少女が口を開く前に手を覆ってそれを封じ、小さな身体を担ぎ上げる。そうしてアジトへ帰ろうと、踵を返した。その時。


「な、なんだお前は!」


 少女を担いでいる男の部下が、慌てた様な声を上げる。男が部下を見やると、そこには見知らぬ人間が二人立っていた。


 一人は、大剣を携えた男だ。長身だが、決して無駄にでかいのではなく、筋肉がバランスよく付いている。その筋肉も実用的なもので、なるほど背に背負っている大剣を振るうに申し分なさそうなものであった。風にそよぐ金の髪は美しく、男くさいその顔に不思議と合っていた。


 もう一人は、最初男か女か判別が出来なかった。目を凝らした今も、確信を持てないが、恐らくは男だろう。少女を抱えた男は、そういった鑑別には自信があった。伊達にそういった仕事を長年しているわけではない。


 その男は長い銀糸の髪を頭の高い位置で一つに縛り、背にかけて流している。獲物は細いその身体に合うように、細身の長剣であろう。顔は非常に端整で、女の中に置いても上物に分類されるであろう程だ。涼やかな瞳は空と海の間を思わせる蒼で、稀であった。


 少女を担いだ男は瞳を細めた。大剣の男はどうでも良いが、細身の男は回収したい。担いでいる少女などより余程高い値段で売れる。


「あー、君たち、何をしているんだ」


 大剣を背負った男が、頭を掻きながら声を上げた。朝起きたばかりのような、そんな声音であった。なんとも間抜けな声である。隣にいる細身の男が、呆れたようにちらりと大剣の男を見やった。


「なんだテメー、しゃしゃり出てきやがって」


 もちろん、相対する男達は武器を抜いて応対した。この場合、然るべき対応であるかもしれない。人攫いをしようとしているところに、のこのこと出てきたのだ。


「いや、特に君たちの行動を邪魔する気はない」


 しかし、大剣の男は両手を上げると、そう言った。相対する男達は、はあ?と一瞬止まる。


「……その担いでいるモノを置いていってくれればね」


 止まっている男達へ向かって、にっこりと笑った。つまりは、邪魔する気だということである。男達は嘗められたと感じ、次々に相手を罵った。


「ああもう、埒があきません」


 てめえ馬鹿か、とか、ぶっ殺すぞとか、そういうことを叫ぶ男達の前に、今度は細身の男が前に出る。軽く頭を振り、呆れた表情を隠そうともしない。


「いやでも、話し合いは大事だろ」


「相手が聞く耳を持ってればね。話し合いとは、双方の合意があって初めて成立するものですよ」


 細身の男は大剣を背負った男の話を軽く終わらせると、少女を担いでいる男へと向き直り表情を正した。


「この辺を根城にしている盗賊ですね。人身売買が目的のようですが、そうはさせません。その子を置いて行きなさい」


 少女を担いでいる男-盗賊の頭はふん、と鼻で嗤うと顎で部下達に指示を出した。


「お前ら、この優男を捕まえろ。良い値で売れる」


 相対する細身の男が、顔を思いっきり顰める。大剣を背負った男は、それを見てにやにや笑い出した。


「頭、もう一人はどうします」


「殺しとけ」


 盗賊の頭の指示を聞いて、大剣の男が眉を上げた。


「おいおい聞いたか、サラ?俺はお払い箱らしいぜ」


 そう嘆いた大剣の男に、盗賊の一人が襲いかかる。それをかるく避けると、脚を出して襲い掛かってきた盗賊の足に引っ掛けた。どたん、と転がる盗賊に蹴りを入れ、気絶させる。


「羨ましいのならカイトに代わってさしあげますよ、いくらでも」


 細身の男-サラディールも襲い掛かってきた盗賊の一人の攻撃をふわりとかわすと、すれ違いざまに首筋に手刀を入れた。入れられた盗賊は、あっさりと落ちる。


「いやいや、遠慮しよう。あちらはサラが良いみたいだから。いやあ、モテル男は羨ましいね!」


 羨ましいね、の「ね」のところで、カイトは剣を持って動けないでいる盗賊の下へ駆け出した。相手の盗賊がそれに気づき一歩後ずさろうとしたところを、蹴り上げて沈黙させる。残るは、少女を担いでいる頭一人になった。


「さあ、どうします?」


 盗賊の頭を見据え、蒼の瞳を細める。後はお前だけだ、とその目が言っている。


 頭は一歩後ずさり間合いを取ったのだが、やがて対峙する二人を見渡すとやがて息を吐いた。彼らはまだ武器も抜いていない。それなのに実に鮮やかに仲間をのして見せた。これは、まだ全く実力を出していないということだろう。


「渡せば良いんだろう」


 この盗賊の頭は馬鹿ではなかった。人を見る力があったのだ。それでこの世知辛い世を生き抜いてきたのだ。その人を見る力が、彼らには歯向かうな、と告げている。目の前の二人を用心しつつ、担いでいた少女を乱暴に下ろした。下ろした時に少女がよろけて地べたに座り込んでしまったが、それも構わない。


 男二人が何もしてこないのを見て取ると、頭は颯爽と駆け出した。倒れている仲間など、無視である。その清々しさっぷりにカイトなどはニヤニヤしていたのだが、その逃走を止めるものがいた。


「待ってください」


 担がれていた、あの少女である。

お読みくださり、ありがとうございました!

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