雨登校
小雨とも呼びづらい、とても小さな雫。開いた携帯に落ち、虫眼鏡のように、ディスプレイの中の小さな虹を大きく映した。あまり見たくない、学校の学の字の右上が、奇妙な模様になっている。
一応、今日も雨らしい。
梅雨と呼ぶには少し違うという、昨日からの雨。バス停の屋根で待っていればそんなにかからないだろうと思い、自宅から数分と離れていない対向車線の停留所に向かう。
出た時間が少し遅かったせいか、思ったより車通りが多くない、集合住宅団地に挟まれた道。
一度ポケットに直しておいた携帯を取り出して、今日のスケジュールを眺めるうち、雨足がほんの少し強まった気がして顔を上げた。
人通りもまばらな、斜め向かいの歩道。等間隔の街路樹の間に見えた、中年のおばさんが自転車を片手に、傘を開いていた。
目に見えて増えた雨。車もワイパーを動かし始めて、水の上を通るタイヤの音。
強まる雨音。
雨の匂いがふわりと、どこからともなくやってきて浸った。もう大雨と言っていいかもしれない景色の中、心が妙に踊る。
特別な事なんてないのに、特別な日ですらないのに。
数日ぶりの天気が運ぶ、もう何年も忘れていた雨の匂い。
白い斜線と破線が、地面でいくつもの輪を描いては消していく。
なんでもない事がむしろ、芸術のような光景。
隣に人がきた。雨を鬱陶しそうに見上げる中年の男性は、きっと今から会社なのだろう。スーツが塗れて嫌そうな顔。
私と目が合うと、困ったように微笑んできた。
「今から学校かい?」
「はい。定時なので」
「大変だねぇ、この雨の中」
「そうですか? 楽しいですよ」
少し意外そうな顔をする男性に、私はふわりと笑ってみせた。
バスが、雨を引き連れてやってくる。
止まり、口を開けるバスの行き先を確かめる。おじさんと一緒に乗り込み、がらんどうに近い座席の後ろに座った。おじさんは、一人用の座席に座って、スーツを見てげんなりしているらしい。
ドアが閉まり、ゆっくりと動き出す。
直線の道を進み始めたバスの窓ガラスを流れる小さな滝が、外の世界をぼやけさせた。
雨の匂いは一緒に乗車してくれなかったけれど、不思議と心は踊ったまま。
今日は一日中、雨だという。