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花束より先に、名前を呼んで

作者: 星恋 hosiko
掲載日:2026/05/09

はじめまして、閲覧ありがとうございます。


雨の日の図書室みたいな、静かでやさしい恋を書きたくて、このお話を書きました。

大きな事件が起きるわけではありませんが、誰かを好きになる時の“少し苦しくて、でもあたたかい気持ち”を感じてもらえたら嬉しいです。


放課後の空気や、本の匂い、雨音と一緒に楽しんでいただけますように。

 雨の匂いがする放課後だった。


 窓ガラスを叩く細い雨粒を見ながら、私はひとりで図書室の本を戻していた。

 静かな場所は好きだ。誰も私を見ないから。


「……また残ってる」


 背後から声がして、肩が跳ねた。


 振り返ると、制服の袖をまくった女の子が立っていた。

 二年の朝比奈 澪。クラスでも有名な人だ。綺麗で、よく笑って、誰とでも仲がいい。


 対して私は、目立たない。

 同じ学校の空気を吸ってるのが不思議なくらい、違う人間。


「手伝おっか?」


「え、だ、大丈夫」


「でもその量、閉館まで終わらないでしょ」


 彼女は勝手に本を半分持ち上げた。

 ふわりと甘いシャンプーの匂いがした。


「……ありがと」


「どういたしまして」


 その笑顔が、困るくらい優しかった。


⸻


 それから朝比奈先輩は、時々図書室に来るようになった。


 本を読むわけじゃない。

 カウンターに座って、私に話しかける。


「おすすめの小説ある?」


「……恋愛、苦手ならこれ」


「苦手って顔に書いてあった?」


「ちょっとだけ」


「ひど」


 そう言いながら笑う先輩を見てると、胸の奥が変になる。


 名前を呼ばれるたび、期待してしまう。


 今日も来るかな。

 話せるかな。

 目が合うかな。


 そんなことばかり考えてる自分に気づいて、私はため息をついた。


 恋なんて、もっと特別なものだと思ってた。


 花火みたいに派手で。

 ドラマみたいに運命的で。


 でも本当は違う。


 雨の日に傘を忘れた時、隣に立ってくれる人とか。

 「寒そう」って缶ココアを押しつけてくる人とか。


 そういう、小さなぬくもりの積み重ねだった。


⸻


「好きな人いるの?」


 ある日、不意に聞かれた。


 図書室には私たちしかいなかった。

 雨音だけが静かに響いている。


「……いないです」


 嘘だった。


 朝比奈先輩が好きだった。


 でも言えるわけがない。


 女同士とか、そういう問題じゃなくて。

 この距離が壊れるのが怖かった。


「そっか」


 先輩は少しだけ黙って、それから笑った。


「私はいるよ」


 心臓が止まりそうになった。


「……え」


「片想い」


 冗談っぽく言うくせに、その目は真剣だった。


 聞きたくない。

 でも聞きたい。


「ど、どんな人ですか」


「静かな人」


 先輩が一歩近づく。


「本の匂いが似合って」


 また一歩。


「すぐ顔赤くなる」


 逃げられなかった。


 近い。

 近すぎる。


「あと、私が来るたび嬉しそうにする」


「……っ」


 息が詰まる。


 先輩は困ったみたいに笑った。


「気づいてないと思った?」


 その瞬間、窓を叩いていた雨音が強くなる。


 世界から音が消えたみたいだった。


「私ね」


 朝比奈先輩は、小さく息を吐く。


「ずっと、名前呼びたかった」


 そして。


「好きだよ、月野」


 花束なんかより先に。

 映画みたいな告白より先に。


 私は、自分の名前を好きな人の声で呼ばれる幸せを知った。


 たぶん恋って、そういうものだ。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


月野と朝比奈先輩の恋は、とても静かで小さなものですが、だからこそ大切に書きました。

特別な出来事よりも、「名前を呼ばれるだけで嬉しい」と思える瞬間を書きたかった作品です。


少しでも胸があたたかくなったり、続きを想像したくなってもらえたなら嬉しいです。


感想や応援、とても励みになります。

改めて、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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