花束より先に、名前を呼んで
はじめまして、閲覧ありがとうございます。
雨の日の図書室みたいな、静かでやさしい恋を書きたくて、このお話を書きました。
大きな事件が起きるわけではありませんが、誰かを好きになる時の“少し苦しくて、でもあたたかい気持ち”を感じてもらえたら嬉しいです。
放課後の空気や、本の匂い、雨音と一緒に楽しんでいただけますように。
雨の匂いがする放課後だった。
窓ガラスを叩く細い雨粒を見ながら、私はひとりで図書室の本を戻していた。
静かな場所は好きだ。誰も私を見ないから。
「……また残ってる」
背後から声がして、肩が跳ねた。
振り返ると、制服の袖をまくった女の子が立っていた。
二年の朝比奈 澪。クラスでも有名な人だ。綺麗で、よく笑って、誰とでも仲がいい。
対して私は、目立たない。
同じ学校の空気を吸ってるのが不思議なくらい、違う人間。
「手伝おっか?」
「え、だ、大丈夫」
「でもその量、閉館まで終わらないでしょ」
彼女は勝手に本を半分持ち上げた。
ふわりと甘いシャンプーの匂いがした。
「……ありがと」
「どういたしまして」
その笑顔が、困るくらい優しかった。
⸻
それから朝比奈先輩は、時々図書室に来るようになった。
本を読むわけじゃない。
カウンターに座って、私に話しかける。
「おすすめの小説ある?」
「……恋愛、苦手ならこれ」
「苦手って顔に書いてあった?」
「ちょっとだけ」
「ひど」
そう言いながら笑う先輩を見てると、胸の奥が変になる。
名前を呼ばれるたび、期待してしまう。
今日も来るかな。
話せるかな。
目が合うかな。
そんなことばかり考えてる自分に気づいて、私はため息をついた。
恋なんて、もっと特別なものだと思ってた。
花火みたいに派手で。
ドラマみたいに運命的で。
でも本当は違う。
雨の日に傘を忘れた時、隣に立ってくれる人とか。
「寒そう」って缶ココアを押しつけてくる人とか。
そういう、小さなぬくもりの積み重ねだった。
⸻
「好きな人いるの?」
ある日、不意に聞かれた。
図書室には私たちしかいなかった。
雨音だけが静かに響いている。
「……いないです」
嘘だった。
朝比奈先輩が好きだった。
でも言えるわけがない。
女同士とか、そういう問題じゃなくて。
この距離が壊れるのが怖かった。
「そっか」
先輩は少しだけ黙って、それから笑った。
「私はいるよ」
心臓が止まりそうになった。
「……え」
「片想い」
冗談っぽく言うくせに、その目は真剣だった。
聞きたくない。
でも聞きたい。
「ど、どんな人ですか」
「静かな人」
先輩が一歩近づく。
「本の匂いが似合って」
また一歩。
「すぐ顔赤くなる」
逃げられなかった。
近い。
近すぎる。
「あと、私が来るたび嬉しそうにする」
「……っ」
息が詰まる。
先輩は困ったみたいに笑った。
「気づいてないと思った?」
その瞬間、窓を叩いていた雨音が強くなる。
世界から音が消えたみたいだった。
「私ね」
朝比奈先輩は、小さく息を吐く。
「ずっと、名前呼びたかった」
そして。
「好きだよ、月野」
花束なんかより先に。
映画みたいな告白より先に。
私は、自分の名前を好きな人の声で呼ばれる幸せを知った。
たぶん恋って、そういうものだ。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
月野と朝比奈先輩の恋は、とても静かで小さなものですが、だからこそ大切に書きました。
特別な出来事よりも、「名前を呼ばれるだけで嬉しい」と思える瞬間を書きたかった作品です。
少しでも胸があたたかくなったり、続きを想像したくなってもらえたなら嬉しいです。
感想や応援、とても励みになります。
改めて、最後まで読んでいただきありがとうございました。




