出頭命令
協会が調査に本腰を入れたことで、モーリスの狩りは急速に困難になった。
これまでのように魔術師を狙えば、容易に監視網に引っかかる。
しかし、「魂の凍結結晶化」による魔力摂取の快楽は、すでに彼の理性を完全に凌駕していた。
効率よく、より強大な魔力を得るため、モーリスは標的を上級魔術師へと引き上げた。
彼らの魔力は莫大で、摂取すれば思考速度は劇的に加速する。
だが同時に、捕食の痕跡はより濃く残るようになった。
そのためモーリスは、遺体を持ち去るようになった。
やがて、神隠しのような魔術師の失踪が囁かれ始めた。
そしてある日、モーリスの元に協会から冷徹な書状が届いた。
不自然な魔術師連続失踪事件に関する、緊急の出頭命令だった。
書斎の椅子に深く腰掛けたモーリスは、出頭命令書を見つめ、静かに笑った。
「出頭……か。私ほどの研究者に、未熟な調査員が何を言うというのだ」
彼は机の上に広げられた論文の草稿を乱暴に払い落とした。
もはや、理論を解明する必要はない。
自分はもうすぐ水そのものになるのだから。
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協会への出頭命令当日。
モーリスは自身の研究室に弟子たちを集め、ささやかな会食を催した。
普段と変わらぬ穏やかな表情でワインを傾け、弟子たちの近況に耳を傾ける師範魔術師。
しかし、その瞳の奥には、上級魔術師の魔力を摂取した際に見せた冷酷な光が潜んでいた。
歓談する弟子たちを研究室に残し、モーリスは入門して間もない、あどけなさの残る少年の弟子を呼び止めた。
「地下の実験室に、新しい水の構造が見つかった。見せてやろう」
少年は嬉々として師匠に従い、地下へと続く重厚な扉をくぐった。
しばらくしてもモーリスが戻らないことに気づいた一番弟子レオンハルトは、不審に思い地下室へ向かった。
扉は半開きになっており、冷気とともに、少年のかすかな震え声が漏れ聞こえてくる。
「師匠……? どうされたのですか?」
階段を駆け下りた瞬間、レオンハルトは息を呑んだ。
モーリスが微笑みながら、少年に手を伸ばしていた。
その指先には魔力が妖しくきらめいている。
少年は恐怖に硬直し、涙をこぼしながら、声にならない声で助けを求めていた。
レオンハルトの背筋に冷たいものが走った。
何が起きているのかわからない。
理解が追いつかない。
目の前の人物は、幼い頃から父のように慕ってきた師匠のはずなのに、何かが決定的に違う。
胸が強く脈打ち、呼吸が浅くなる。
「師匠、お止めくださいっ!!」
レオンハルトは叫び、とっさに魔力を練る。
しかしモーリスは一切動じず、ただ左手を軽く振った。
瞬間、レオンハルトの周囲の空気が凍りついた。
足元から冷気が這い上がり、膝が震える。
足は床に縫いつけられたように動かない。
恐怖が喉を締めつけ、声が出ない。
「論理の壁を超えるには、純粋な魔力が必要なのだよ」
モーリスは穏やかな声でそう告げ、凍結結晶化術を完成させた。
少年の身体が淡い青光とともに真っ白な氷に包まれ、美しい結晶へと姿を変えていく。
レオンハルトは目を見開いたまま、ただその光景を見つめるしかなかった。
心臓が痛いほど脈打ち、指先が震える。
モーリスはその結晶を愛おしむように掌に受け取り、口へと運んだ。
結晶が砕ける音が、レオンハルトの耳に異様なほど鮮明に響く。
若く柔らかな魔力がモーリスの身体へ流れ込む。
「……あぁ、甘い」
恍惚とした表情を浮かべたモーリスは、ゆっくりとレオンハルトへ向き直った。
「さて、お前はどんな味だろうな……」
その目はもはや師匠のものではなく、獲物を観察する怪物のそれだった。
その夜。
協会から派遣された調査員がモーリスの屋敷に到着したとき、研究室はもぬけの殻だった。
弟子たちの姿はなく、地下室にはレオンハルトが拘束されていた氷の破片だけが残されているだけだった。




