第四話『例外の配属』
調律院の部屋は、静かすぎた。
静寂っていうより、音が整いすぎていて――息を吸うタイミングまで指示されてる気がする。
俺は椅子の前に立たされていた。
座っていいとも、立っていろとも言われない。
こういうの、地味に一番きつい。
向かい側に二人。
一人は、背筋が伸びすぎている人。
目がまっすぐで、言葉が短い。
その視線だけで「余計なことを言うな」と言われている気がした。
ドミナ上官。
もう一人は、空気が柔らかい人。
同じ制服のはずなのに、そこだけクッションみたいに見える。
「怖い顔しなくていいのよ♡」
フェル上官が、微笑む。
その声だけで、胸の奥が少しゆるんだ。
(階級より先に“フェル姉”が通るらしい)
……いや、ゆるんだところで状況は変わらないんだけど。
ドミナ上官が口を開いた。
「線を引け。曖昧にすると人が死ぬ」
いきなり核心だった。
俺の背中が、勝手に伸びる。
「結論。君は調律院の常設には置けない」
「……っ」
言い返したい。
置けないって、じゃあ俺は何なんだよって。
でも――その瞬間、口が勝手に丁寧になる。
「わたしは……ただ、困ってる人がいたら……」
言ってから気づく。
俺、今、“わたし”って言った。
この声だと、こういう言葉が先に出る。
ドミナ上官は表情を変えない。
「その優しさが、現場を壊すこともある」
「だから線を引く。君を守るためにだ」
(優しい人だ。たぶん……優しいから、厳しい)
フェル姉が、くすっと笑う。
「ね? 怒ってるんじゃないの♡」
「“守るために決めてる”だけ」
ドミナ上官はフェル姉を見ずに言った。
「フェル。甘やかしすぎるな」
「え~? だって緊張してるんだもの♡」
その会話の温度差が、妙に現実感を増やす。
ここは“ちゃんとした組織”だ。
そして俺は、その枠からはみ出た。
扉が開いた。
「おっ、おっお……」
小柄な影が顔を出す。
見た目はどう見ても可愛さ全振りなのに、目の奥に妙な年季がある。
ビープたんだ。
「呼ばれた気がしたお」
フェル姉の顔がぱっと明るくなる。
「ビープちゃ~ん♡ 今日も元気ねぇ♡」
ビープは照れたみたいに首をすくめる。
「元気だお。まぁ……中身は――」
「言うな」
低い声で、遮るように言ったのはケルビンだった。
金髪をまとめて帽子を被っている。舞台に立つときの天使ウェーブとは違う、街用の姿。
それでも目だけは、現場の人間のまま鋭い。
ドミナ上官が淡々と続ける。
「ビープは転生者。前例の枠に入っている」
「ただし中身がどうあれ、扱いを誤れば事故る。だからケルビン預かりだ」
フェル姉が頬を押さえて、甘い声を出す。
「ビープちゃんは前の世界で頑張ったんだもの♡ いいのよ~♡」
ケルビンが顔をしかめる。
「……甘やかすな。こいつ、図に乗る」
ビープは肩をすくめるだけで、あえて笑った。
場の空気を軽くするような、でも軽すぎないやつ。
ドミナ上官が俺に視線を戻す。
「君は転移者だ。転生者と違い、“受け皿”がない」
「例外だ。だから暫定措置として――特務班に配属する」
「特務班……」
「現場では男チームと呼ばれている」
なるほど。雑だけど分かりやすい。
男チーム。中身は確かに男だらけだし。
ドミナ上官は淡々と宣告する。
「本日からケルビン預かりだ。異議はあるか」
異議なんて、出せる立場じゃない。
それに――正直、今は“ここ”より“現場”の方が息がしやすそうだ。
「……ありません。了解です」
ケルビンが短く言う。
「約束しろ。勝手に歌うな。勝手にノーツ展開するな。勝手にステージ作るな」
「え、そこまで……?」
「そこまでだ」
即答だった。
俺は息を吸って、頷く。
「……守ります」
ビープが小さく言った。
「曖昧は事故るお」
「前の世界でも、ルール知らない奴が一番危ないお」
ドミナ上官が一度だけ、ほんのわずかに目を細めた。
褒めたわけじゃない。確認しただけ。
でもそれだけで、俺は「ここで生きていくにはそういうことなんだ」と理解する。
「決まった」
「ケルビン。連れていけ」
ケルビンが踵を返す。
「行くぞ、例外」
俺は立ち上がる。
座っていいと言われてないまま終わった。
そういうところまで、線が引かれてる。
廊下に出た瞬間、空気が少しだけ荒くなった。
音が“普通”になったとも言える。
フェル姉の声が背中に届く。
「大丈夫よ♡ 無理なときは言いなさい。えらいえらい♡」
……なんで褒められてんだ俺。
でも、妙に救われた。
そのとき。
ざらり。
空気の粒が擦れるみたいな感覚が、肌を撫でた。
静かになるんじゃない。
音が――抜ける。
ケルビンが立ち止まる。
「……来る」
ビープが眉を寄せる。
「残滓だお。戻ってる」
俺は喉に手を当てた。
さっきの“波形”が、まだ身体の奥に残ってる気がしたから。
ドミナ上官が、背後から追いついてくる。
男チームの空気に合わせて、ビープが小さく呼ぶ。
「ドミ姐」
俺はその呼び名に驚いたが、本人は眉一つ動かさない。
「動けるなら前に出ろ」
「線を守れ」
「――任務だ」
読んでくれてありがとうございます!
次回、男チーム(特務班)初任務です。よかったらまた来てね!




