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第三話『調律院』

『……お前、誰だ?』


その一言が、俺の背骨を冷やした。


目の前にいるのは、通信越しの声の主――ケルビン。

少女みたいな顔立ちなのに、目だけがやけに鋭い。

それに、俺を見ているというより、機体と俺の“反応”を見ている目だ。


「誰って……俺は――」


言いかけて、喉がつまる。

この姿で「俺」って言うのは、やっぱり変だ。

いや、変っていうより、危ない。


ケルビンの眉がわずかに跳ねた。


『お前、歌巫女じゃないよな?』


「……う」


俺は言葉を失う。


歌巫女。

さっきから当たり前みたいに言われるそれが、何なのかも分からない。

ただ、俺が“それじゃない”ことだけは、相手の目が語っていた。


『……まあいい。来い。調律院で確認する』


「調律院?」


『ここで揉めても仕方ない。お前は……例外だ。たぶん』


たぶん、って何だよ。

言い返したいのに、身体が言うことを聞かない。


ハーモナザインの内部が、静かに落ち着いていく。

さっきまで舞台みたいに光っていた装甲が、順に閉じていく音。

まるで「儀式の片付け」が終わったみたいだった。


外に出ると、風が乾いていた。

砂っぽい匂いがするのに、喉は不思議と痛くない。


……ここ、どこだ。


ケルビンが歩き出す。

俺は付いていくしかない。


しばらく歩くと、石造りの建物が見えた。

劇場みたいに大きい。

でも入口に立っている人たちは、舞台のスタッフというより――制服の人間だ。


調律院。


門をくぐった瞬間、空気が変わった。

音が、整っている。

うるさくない。静かでもない。

ただ、全部が“定位置”に収まっている感じ。


受付らしい机の前に立たされる。

視線が集まる。

女の人が多い。

年齢も雰囲気もバラバラだけど、共通しているのは、目が冷静だってことだ。


――やばい。ここは、ちゃんとした場所だ。


口が勝手に、外向けの言葉を選んだ。


「わたし、ええと……事情がよく分からないんですけど……」


言った瞬間、自分の声に自分がびくっとする。

丁寧だ。柔らかい。

配信のときみたいに。


俺の中の俺が、隅っこで正座している。


受付の女性は、俺の言葉を遮らずに聞いた。

その態度だけで、少しだけ息ができた。


「確認します。あなたは歌巫女登録がありますか?」


「……たぶん、ないです」


「乗機は、発掘機体ハーモナザインで間違いないですか?」


「たぶん……はい」


たぶんばっかりだ。

でも、分からないものは分からない。


ケルビンが小さく舌打ちした。


『言っただろ。例外だ』


周囲の空気が、ほんの少しだけ張る。

誰かが「隔離」とか「拘束」とか言い出しそうな瞬間。


――そのときだった。


受付端末の画面が、勝手に切り替わった。


カタ、カタ、とキーを叩く音もないのに、文字が打ち込まれていく。

誰も触っていない。

なのに、そこには淡々とした記録が並んでいた。


『臨時記録:ハーモナザイン起動。

 反応者:未登録。歌巫女資格、未確認。

 対応:隔離ではなく聴取。

 優先:当該者の安全。

 備考:インターフェア残滓、微量。』


室内の誰かが、息をのんだ。


俺も、息を止めた。


――今の、誰が入力した?


画面の端に、小さく表示が増える。


『管理者:ハルモニア』


俺は、その名前だけを覚えた。

読んでくれてありがとうございます!

次回、調律院で“例外”の扱いが決まります。

よかったらまた来てね!

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