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フェンス越しに

「天国ってさ、あると思う?」


 学校の屋上、フェンスの先の縁に座りながら、綺麗な足をプラプラさせながら彼女は言った。

 フェンス越しの俺は、冷静に答える。


「あるだろうな。天国もあれば、天使や悪魔もいるし、地獄もある」


 できるだけ彼女を刺激しないように? いや、

 外に見せた綺麗な脚や腕とは反対に、見えない部分の痣を見て知っているものとして、


「唯一神の神様かあまたの神様か。それは知らねえけど、人知を超えた存在、人が認識

できない存在入るだろ。例えば……会社。会社もそうだな」

「会社が?」


 彼女は食いついてきた。異物混入って感じで、ちょっと面白そうって顔して。


「そうさ。ネコが鏡を認識できないように、人間も会社という生き物を認識できない。

社長が意思で社員は細胞。部署が臓器。俺はそう思うがね」

「おもしろい。アンタがそんなこと考えてる奴だとは、思わなかったよ」

「俺も。美島さんが屋上のフェンスを乗り越えて、こんな危険な……」

「思ってることで合ってる」

「危険なことを考えてるとは思わなかった。まさかアブナイ子だとはね」

「あはは、アブナイ子ってのは、知ってるでしょ」


 綺麗に整った顔を、整えられすぎた顔を歪めて。

 変わると信じた、その願いを込めつくった顔を。

 しかし、カレシには振られ、それからも振られ続けて、彼女はより美しくなっていったようだ。

 記憶の中にある彼女よりも、今の方が、夕闇に映える。

 俺は空気を変えようと、わざとおどけて言った。


「いやー、やめた方がいいんじゃないかと思うよ、僕は。若気の至りだ」

「山田。アンタの方がおないでも年下でしょ」

「そうだけどさ! やっぱ、だめだよ」

「ん」


 美島は落ちていく夕陽を見る。青と赤のブレンド。制服が、そう、染まって。


「生まれが悪いんだよね。ちっちゃいときにそう思った」

「努力はしたのかよ。……その」

「うん?」

「ご、ごみ拾いとか」

「あはは、あー。なる」


 彼女はうんうんと頷く。言うのは恥ずかしかったのだが、効いたようだ。

 思ったことがあふれる。


「耐えてさ、逃げてさ、助けを呼べばいいじゃんか! そうやってさ、頼ればいい!」

「長そうなんだよね」

「なにが」


 彼女は落ちていく太陽を指さして。


「暗闇」


 美島は、んーっと、猫のように背伸びをして、


「楽しかった思い出は、あるよ。幼稚園くらいかな」


 そして俺の方をじっくりと見て、


「じゃね。ちょっと、面白かった」


 そうニッコリと、言う。俺は目をむいてフェンスを這いあがる。いや、這い上がれずに。

 ――美島はどうやってこのフェンスを抜けたのか。


「待て待て。ここは地獄じゃねえ! 天国じゃないけど、地獄じゃないんだ! 綺麗なところとか、美味しい食べ物とかあるだろ!」


 背を向けて、静かに聞いている彼女に、続ける。


「味わってない体験とか、行ってないところとか、会ってない人とか! 救いは、ここにも、ある!」


 俺が、ちょうどフェンスのてっぺんへ手をかけたときには、


「まーね。けど、辛いや」


 彼女は飛んでいた。青の中に。


 鼓動が跳ね、血が沸き立ち、吐きそうになる。

 そのまま俺も飛ぶわけにいかず、彼女に魅入らた俺はフェンスを握りしめ、飛びそうになる。

 一瞬。その後はフェンスから離れ、校舎を降りるために走る。

 コケてコケてコケる。


 その時、


 ――グシャッ。


 ぶつかる音を聞いた? 校舎の中にいたのに。聞いた気がした。

 

 人だかり。

 スマホ撮影。



 彼女の顔は綺麗なままで、血は羽のように広がっていた。

 世界は深い青に染まる。赤い血は青を反射しないから、どす黒く……。

 けれど、彼女の死を直視できない俺は、それ以上耐えられなくて、すぐに駆け出した。

 そんな俺を なぜ? どうして? という言葉が苦しめる。

 水飲み場で、吐く。ぐちゃぐちゃで、臭い。


 止められなかった。どうして? 力不足?

 

 イジメられてた。でも、

 産まれが悪かった。でも、

 暗いトンネルを抜けられなかった。でも、でもさ。


 耐えればいいじゃん。違うのかよ。

 忘れればいいじゃん。大人になってさ。

 彼女の最初の彼氏だった俺は、そう思った。

 赤い救急車の音が聞こえてくる。


 その音を聞きながら、俺は、それでも。口を拭う。目を擦る。

 そうして、前を向いた。

 愛じゃなかった。でも。

 

 なあ。天国ってさ、あると思う?

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