『女子高生の初恋のトキメキ感ほぼ未使用、売ります!』
感情を売れるアプリがあったら、あなたは何を売りますか?
喜び、怒り、悲しみ……それとも、胸を締め付ける初恋のトキメキ?
高校三年の春、美音は受験勉強の真っ只中で、ふとした瞬間に心を揺らす“邪魔な”感情に出会いました。
そんな時、親友が教えてくれたのは、感情をオークションで売買できるアプリ『感情オークション』。
軽い気持ちで出品ボタンを押した美音を待っていたのは、思いもよらない出来事でした。
初恋のドキドキ、家族の笑い、そして心の奥に響く温かさ――
この物語は、感情の価値と、取り戻したい“何か”について、そっと問いかけます。
さあ、あなたなら、どんな心を出品しますか?
『女子高生の初恋のトキメキ感ほぼ未使用、売ります!』
高校三年の春、美音は決めていた。
──恋なんて、大学に受かってからでいい。
志望校は国立。模試の偏差値も、まだあと二歩足りない。
なのに最近、胸がドキドキして集中できない。
原因は、分かっていた。
同じクラスの陸。
放課後、図書室で二人並んで参考書を開く。
「この問題、こうやると簡単だよ」
陸は笑いながら教えてくれる。
ほんの数分で頭は整理されるのに、胸はざわつく。
さらに、彼が軽く肩に触れた瞬間、心臓が跳ねる。
──こんな感情、邪魔で仕方ないのに。
ため息をつき机に突っ伏す美音に、親友の陽菜がスマホを差し出した。
「だったら、その“ときめき”売っちゃえば?」
「は?」
「これ。『感情オークション』ってアプリ。最初は医療用だったらしいけど、感情売買が流行っちゃったんだって。友達が嫉妬を売ったらスッキリしたけど、なんか冷たくなったらしい」
「えー」
俄かに信じがたい話に、美音は眉をひそめる。
「出品した感情が売れちゃったらどうなるの?」
陽菜は真顔で耳元に囁きにやりと笑う
「新しい感情を落札すればいいんだって」
半信半疑のまま、その夜、美音はオークションサイトを開いた。
〈失恋三ヶ月目の未練〉
〈優越感(期限つき)〉
〈子猫を拾った時の幸福感〉
〈理不尽な上司への怒り〉
どれも入札がついている。
「うそ、まじ……?誰が落札するのよ、こんなの」
思わず笑った美音は、軽い気持ちで出品ボタンを押した。
商品名:女子高生の初恋のトキメキ感
状態:ほぼ未使用
即決価格:3,000円
数時間後、「落札されました」の通知が届く。
胸の高鳴りはスッと消えた。
陸と話しても、笑顔を見ても、心は揺れない。
勉強には集中できるようになったが、静かすぎて胸にぽっかり穴が開いた。
陸の声が、まるで遠くのラジオのように聞こえた。
「こんな大事なもの、売っちゃって……いいのかな」
自分の行動を、初めて倫理的に問いかける美音。
そしてオークション履歴を確認した。
落札者のIDに、息をのんだ。
Ayano_Asakura
──母の名前。
⸻
夜、リビング。
母の綾乃は紅茶をいれながら、少しだけ昔を語った。
「私もあなたと同じ年頃、恋を我慢して勉強ばかりしていた。
友達がデートに行くたび、胸が痛んだ……
志望校には合格できたけど、一度しかない青春のトキメキは味わえなかった。
私はそれを取り戻せなかった。
でも、あなたには……」
美音はスマホの通知を見つけた。
送り主:Ayano_Asakura
“返すね。あなたのトキメキ、とても綺麗だった。”
封筒には譲渡コードが入っていた。
画面を開くか迷う美音の胸の奥に、ほんのり温かさが広がった。
風が窓を揺らす。
⸻
ある夜、美音、綾乃、父・一彦が食卓を囲む。
テレビではバラエティ番組が流れている。
MCが若い女性タレントに聞く。
「私、いつまでも少年の心を持っている男性が好きです。」
一彦はぼそりとつぶやく。
「若いっていいなあ……俺だって不安もあったけど、怖いものはなかった。あの頃の感情って、水のように蒸発しちまったなぁ」
綾乃が眉をひそめる。
「まさか、あなた」
「は?」
その瞬間、一彦のスマホが鳴った。
《おめでとうございます“少年の心”が落札されました》
リビングの空気が、一瞬止まった。
美音はパンを噴き出しそうになりながら叫ぶ。
「うちの家族、オークション中毒じゃん!」
さらに三人のスマホが同時に鳴る。
《あなたの“家族愛”が出品されました》
美音は出品数を見た。
3,801,209件。
「感情を売る人、こんなにいるんだ……でも、戻したい人もいるよね」
三人は笑い合った。
その笑いは、単なるユーモアではなく、家族の微妙な愛情とつながっていた。
朝の光の中、三人の笑顔が溶け合う。
──画面はゆっくり暗転。
《感情オークション》 出品数は日々増え続けています。
『女子高生の初恋のトキメキ感ほぼ未使用、売ります!』を最後まで読んでくれて、ありがとう。
この物語は、感情を売買できる世界を舞台に、誰もが経験する青春のトキメキや、家族の絆を描きました。
美音が売った“初恋のトキメキ”は、ほんの一瞬の衝動だったかもしれないけれど、その裏には、母の優しさや家族の笑い声が響いていました。
感情を売ることは簡単でも、取り戻したい心は、きっと私たちの胸の奥にずっと残っている――そんなことを感じてもらえたら嬉しいです。
もしあなたが『感情オークション』に出品するとしたら、どんな感情を、どんな値段で売りますか?
そして、それを買い戻すのは、誰でしょうか?
日常の中で、ふと心が温まる瞬間を、これからも大切にしてください。




