第5話『"壊すだけ"じゃない旅が、ここから始まる』【前編】
森を抜ける朝。
草を踏みしめる音が、やけに大きく感じられた。
昨日までの自分なら、この一歩に怯えていたかもしれない。
けれど今は――心の奥で、静かに何かが変わっていた。
ティオとフィアナ。
双子のエルフが教えてくれた"サーチ魔法"は、「壊さないため」の魔法。
そして「壊す前に見る」ための力だった。
別れ際、フィアナがぽつりと呟いた言葉が、今も頭に残っている。
「森から少し離れたとこに、古いダンジョンがあるの。
もう使われてないし、壊しても誰も困らないよ。……めんどくさいから、行くなら気をつけて」
ティオも補足するように言った。
「迷路型で、魔物もいないけど……魔力が乱れてて、めんどくさいし、長居は危険だ。
"壊し方"を試すにはちょうどいいかもね」
だから今、晴歌はその場所に向かっていた。
「迷路がめんどくさいって、二人ともはっきり言ってたもんね」
そう呟くと、昨日の余韻がふっと蘇る。
この世界に来る前、友達とふざけ合った時の、あの何気ない感覚に似ていた。
(残り97個……。でも、全部が壊していい場所とは限らない。むしろ、壊してはいけない場所の方が多いかもしれない)
そう考えると、気が遠くなりそうだった。
(でも今は、目の前のことから。ちゃんと確かめて、壊そう)
◇ ◇ ◇
ダンジョンの入り口は、森の影の奥にひっそりと口を開けていた。
石でできた低いアーチ。かすかな風が、中から吹いてくる。
古い魔法陣の痕跡や、使い込まれた石の階段が、かつてここに人がいた証を物語っている。
壁には薄れた彫刻も残されていて、このダンジョンが単なる罠ではなく、何かの目的で作られたものだと感じさせた。
(このダンジョンは……誰が何のために作ったんだろう)
晴歌は深く息を吸って、一歩踏み出す。
迷路のような通路は、何度も同じ角を曲がらせた。
焦りを抑え、サーチ魔法を展開する。
指先に淡い光が浮かび、魔法陣が広がっていく。
――命の気配、なし。
虫も、獣も、魔物も。まるで、ここには誰も存在していないかのようだった。
(本当に、何もいないんだ……)
安心と、どこかに残る違和感。
でも、だからこそ"確かめる"という行動が、晴歌の胸に深く刻まれていく。
同じ場所に戻ってしまうこともあったが、晴歌は焦らずサーチを続ける。
そのたびに確認する――命の気配は、やはりなかった。
「確かに……使い続けてると疲れてくるかも。でも、前よりもコントロールできてる気がする」
気を張っていないつもりでも、サーチし忘れの"死角"は出てくるかもしれない。
けれど、もう少し。
自分が納得するまで、見てから壊したい。
一通り歩き回ったあと、入口に戻されたような場所で一息つく。
学校のグラウンドほどの広さ。けれど、迷路になっている分、かなり歩いた感覚がある。
水を飲みながら、フィアナが持たせてくれた携帯食を見つめた。
「終わったら食べよう……ご褒美、だよね」
小さく笑って、再び魔力の流れを見る。
ダンジョン全体の構造が、うっすらと頭の中に浮かび上がる。
→【第5話 後編は こちら】
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