第4話 後編『見えなかったものが、見えた日』
双子のエルフと出会い、初めて安らぎを知った晴歌。
彼らが教えてくれるのは、“壊す前に視るための魔法”だった。
森の奥には、まるで秘密のキャンプ場のような空間があった。
小さなテーブルと、木で組まれた調理台、吊るされたハンモック。
そこに流れる空気は、時間を忘れさせてくれるほど穏やかだった。
「この森が好きすぎて、気づいたら三十四年も住んじゃっててね」
フィアナは森で採れた果物や魚を手際よく調理してくれた。
初めての異世界の食事。
見た目は見慣れないけれど、香りはどこか懐かしい。
(怖がってちゃダメ。せっかく作ってくれたんだから……)
「……一口、食べてみて」
恐る恐る口をつけると、思ったよりも美味しかった。
ほっと息を吐くと、ティオがぽつりと呟いた。
「ハルカ、力を制御できてないね」
二人は晴歌の身体からにじみ出る魔力を感じ取っていた。
「見えてないんだ、“命の粒子”」
「……命が、見えるの?」
そんなことが可能なのだろうか。
もしそれができれば……
◇ ◇ ◇
翌日、ティオとフィアナは晴歌にサーチ魔法を教えてくれた。
「まずは集中して。自分の中の魔力を感じるの」
「難しく考えないで。呼吸に合わせて……そう」
最初は何も見えなかった。
でも、少しずつ、ぼんやりとした光が見え始める。
「あ……これ……」
ティオとフィアナは、それぞれの手のひらに淡い魔法陣を浮かべた。
白、青、緑。 光の粒が、森の空間にふわふわと浮かび上がる。
「これが風の精。あれが虫。あっちにいるのが――きみ」
フィアナが指をさすと、晴歌の足元にも、小さな光が揺れていた。
(……見えた)
命の気配が、“粒子”として見える魔法――サーチ。
それがあれば、壊す前に”そこに誰かがいるかどうか”を確かめられる。
胸の奥に、小さな希望の灯がともった。
◇ ◇ ◇
「サーチがあれば、ダンジョンを壊す前に、“中に何がいるか”が分かる」
「でも、魔力は有限。使いすぎると危ないから、気をつけて」
まだ使えそうだけど、今はここでおしまいにしよう。
でも壊すしかなかった自分に、“選ぶ”という道が生まれた。
人がいるか、いないか。命があるか、ないか。
“見て”、そして判断する。
(今度は、間違えない)
その想いが、胸の奥にひとつの光を灯した。
「さあ、いっぱい食べたし、今夜もぐっすり眠って」
「……また使ってもいいの?」
昨夜に続いて、木の枝に吊るされた揺れるハンモックを指差す。
こんなに親切にしてもらって、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「もちろん!」と、双子が声をそろえる。
くすりと笑って、晴歌は再びハンモックに身を預けた。
二度目でも、誰かに見守られながら眠るのは心地よかった。
◇ ◇ ◇
二晩目の朝。
「ありがとう、ティオ。フィアナ。服や荷物まで……本当に」
元の世界の服はこの世界では目立つらしく、フィアナは自分の昔の服をいくつか分けてくれた。
軽くて動きやすく、旅に適した装備。
リュックの中には、携帯食や水筒、小さなメモ帳まで入っていた。
(こんなに優しくしてもらったのは、久しぶり……)
「いいのいいの。私たち、森から出ないと使わないしね」
「また、どこかで会おう。森にいるかもしれないし、いないかもしれないけど」
「うん……。私も、まだ戻ってなかったら」
力の話はした。
けれど、自分がどこから来たかは話していない。
それでも、二人は何となく、すべてを察しているような気がした。
三人は、ふっと笑った。
森を出ると、草の匂いと冷たい風が肌を撫でた。
けれど今は、ほんの少しだけ――その風が、優しく思えた。
(私にも、できることがある。今度は、きっと……)