第3話『壊してはいけなかった』後編
気がつけば、首を掴まれていた男はいなくなっていた。
晴歌はそのまま地面に落ち、尻餅をつく。
痛みよりも、見たものの衝撃で、世界が止まって見えた。
「……ごほっ……!」
息を止めていたらしい。 無意識に呼吸を整え、小屋の外へと出た。
そこには、崩れた村の跡――そして、ひとつだけ、なぜか井戸だけが残っていた。
井戸のそばに、何かが落ちていた。
晴歌が近づくと、それは――子ども用の玩具だった。
木製の風車。
新品ではないけれど、大切に使われていたのだろう。
泥が少しついているけど、綺麗なままだった。
「……嘘……」
襲ってきた男たちだけじゃない。
この村には――生活があった。人がいた。子どもも、きっと……
(じゃあ……襲ってきたのも、私が突然現れたから……?)
手が震えながら、玩具にそっと触れる。
その瞬間――粉々に砕け、塵になった。
「……っ……ぁ……あ……」
声にならない悲鳴が、胸から溢れた。
視界がぐにゃりと歪んで、何も聞こえなくなった。
自分が壊した。
人を。
命を。
そして、ふと気づいた。 近くの棚には、古びた薬瓶や包帯が整然と並べられていた。
乾いたハーブの香りに、幼い日の記憶が蘇る。
(……これ、知ってる……おじいちゃんの診察室と、似てる……)
祖父は開業医だった。 幼いころ、晴歌は診療所の片隅で遊んでいたことを思い出す。
「晴歌ちゃん、お薬は人を治すためのものなんだよ」
祖父がよく言っていた言葉が、今は皮肉に響いた。
(診断、療養、予備室……って書いてある……)
確信ではない。でも、体が覚えている。
(ここって……もしかして、病気の人たちが暮らしてた村……?)
心がざわついた。
この村は、かつて疫病が流行ったとき―― 人を守るために作られた“療養の場所”だったのかもしれない。
壊したのは、ただの建物じゃなかった。
◇ ◇ ◇
そして、静かにウィンドウが現れる。
【記録:3/残数:97】
【状態:安定】
「……ふざけないでよ……」
思わず、声が漏れた。
こんなの、“数”じゃない。 ひとつの命を、確かに、自分が奪った。
もう、今までみたいには進めない。
ただ壊して進むだけでいい、そんな世界じゃない。
これからは、ちゃんと“選ばなきゃいけない”。
壊すべきかどうか。
その先に誰かがいるかもしれないなら、絶対に確かめてから。
この世界のことを、もっと知らなきゃ 知らなかったから、壊してしまった。
けれど――この力があるのなら、回避する手段だって探せるはずだ。
空は静かだった。
まるで、何もなかったかのように、青かった。
でも、晴歌の目には、もうそれが“綺麗”には映らなかった。
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