第2章19話 帰ってこい
外に出ると、人の波に飲まれそうになった。
入口にテントがいくつも並んでて、木箱が山積み。冒険者、騎士、村から来た人たち。炊き出しの煙が上がってる。
遠くで、誰かが泣いてる。
——あの人たちの家族だろうか。
ダンジョンの呪いで変わり果てた人たちを、どんな気持ちで見るんだろう。
考えたくない。
「ハルカ、こっち」
ナスタに案内されて、木陰に移動した。布団まで用意されてて、「少し横になりなさい」って。
ダンジョンの入口から離れてて、風が気持ちいい。
話し声、金槌を叩く音、カレーみたいな匂い。
なんか……懐かしい。学校の行事の準備みたい。
「ナスタさん」
「ん?」
「リュゼル、大丈夫かな」
「大丈夫よ。あの人、強いから」
ナスタは笑った。
「それより、あなたこそちゃんと休んで。魔力は回復してても、体は疲れてるんだから」
「……うん」
カフスを握る。リュゼルの魔力が、温かい。
(リュゼル……)
目を閉じる。
すぐ、眠りに落ちた。
◇ ◇ ◇
「晴歌……晴歌なのか……」
声。
聞いたことある。懐かしい。
目の前が歪む。
陽翔だ。ダンジョンで二回、話せた。今回も——。
言葉が出ない。
白い髪。窪んだ目。痩せた腕。酸素マスク。
ベッドに横たわってる。
知ってる陽翔じゃない。
「晴歌……よかった。最後に会えた……」
「陽翔……?」
声が震える。
「もう俺は九十歳のおじいちゃんだ……晴歌は……変わらないな」
「九十歳……?」
嘘でしょ。
だって、私が消えてから、まだ……。
なんで。なんで陽翔だけ。
震える手で酸素マスクを外そうとする。
「だめ! つけて!!」
「晴歌……俺はまだ、お前が帰ってくるって信じてる……」
「陽翔……」
誰かがマスクを戻そうとしてる。
「陽翔! マスクつけないと許さないからね!!」
驚いた顔して、にやって笑った。
「はは……久しぶりに、その顔見れた」
その笑顔。
一緒に遊んだ公園。一緒に通った学校。いつも隣にいてくれた。
大切な幼馴染。
素直にマスクをつけて、隣の人の手を引く。
眼鏡かけた、私と同じくらいの男の子。陽翔に似た目をしてる。
「晴歌……こいつは孫の陽仁」
孫。
陽翔に、孫がいる。
「俺の想いは……こいつに託す」
力ない手が、陽仁の手を握る。
「いつか……帰って……こ……」
ピーピーピー——。
聞いたことある。病院で、誰かが亡くなった時の音。
陽翔は目を閉じた。空間の歪みも消えていく。
「はると……陽翔!!」
手を伸ばしても、届かない。
涙が止まらない。
◇ ◇ ◇
体を揺すぶられた。
「ハルカ! 起きて!」
「え……」
頬が濡れてる。
ダンジョンの入口の方から、騒ぎ声。
「夢……見てたの?」
ナスタが覗き込んでくる。
「ナスタさん、何かあった?」
陽翔のこと、話したい。でも今は——。
ナスタは入口をちらっと見て、ため息ついた。
「落ち着いて聞いてほしいんだけど」
嫌な予感しかしない。
「ダンジョンが、さらに巨大化したみたい」
立ち上がる。
陽翔の最期の言葉が、耳に残ってる。
——いつか、帰ってこい。
でも今は。
目の前のことに集中しなきゃ。リュゼルを、みんなを守らなきゃ。
カフスを握りしめて、ダンジョンへ走り出した。




