第2章18話 やだ
「ハルカをこの世界に呼んだ者か……」
ダンジョンの入口から少し離れた場所。リュゼルとナスタは、晴歌を守る結界の外で向かい合っていた。
「私としては、彼女には元の世界に帰ってもらいたいんですけどね」
ナスタの言葉に、リュゼルは眉をひそめた。
「帰る……?」
「《別の存在》——ハルカを呼んだあの白い神が、彼女を戻せる力を持っているかはわかりません。でも尋常じゃない力の持ち主です。危険ですよね」
リュゼルは黙り込んだ。白い神。以前、黒い神と対峙したことはあるが、白い神については詳しく知らない。
「元々素質があったのかはわかりませんけど——騎士として、彼女の力をどう思いますか?」
何も言えなくなった。
騎士として考えれば、晴歌は危険な存在だ。使い方次第では、この国どころか全世界を滅ぼしかねない。
だが——。
「それに」
ナスタが視線を結界の中の晴歌に向ける。
「彼女、全部のダンジョンを壊したら元の世界に戻ってしまうこと、気づいてないみたいですね」
「……何?」
「今は混乱させた世界への償いのつもりで壊してるみたいですけど、カウントは百を超えていくんです。あなたのこと、好きそうに見えますけど……それでも元の世界に戻ってしまっていいんですか?」
リュゼルは息を詰めた。晴歌が、いなくなる。その現実が、ようやく実感として迫ってきた。
「……まあ、今はこのダンジョンの破壊が優先ですけどね」
ナスタの言葉に、リュゼルは小さく息を吐いた。
「そうだな」
——考えるのは、後だ。
◇ ◇ ◇
話が終わり、ナスタが結界を解除する。リュゼルはダンジョンを引き寄せている晴歌の元へ向かった。
探知魔法を使っているのだろう。ダンジョン内部にいた人々を手前まで引き寄せ、重力魔法で入口側に整然と並べている。
リュゼルは視界の端に、その姿を捉えた。動く死体のように変わり果てた、かつて冒険者だった者たち。
(これが……ダンジョンの呪いか)
「ハルカ。休憩は取っているのか?」
「……」
晴歌は答えない。ダンジョンに入ってから、ずっと魔力を使い続けていたのだろう。ナスタの力で魔力量は保てているようだが——。
「ずっと立ちっぱなしだったのか?」
「……早く消したくて」
リュゼルの両手が晴歌の頬を包み込む。魔力切れではなさそうだが、顔色が悪い。疲労が溜まっている。
「あの人たちは、どうやって?」
「引き寄せながら、重力の魔法で浮かせて並べた」
(ハルカはそんな魔法まで使えるのか……。やはり禁書の力なのか)
リュゼルは無言で晴歌の頬をぷにっと引っ張った。
「いった……ひ」
「よし。ここからは俺の指示で動いてもらおう」
「へ……?」
「ナスタ、まだ戦えるか?」
背後からナスタが応じる。
「戦えますけど、ハルカの魔力を定期的に回復させないといけません」
「お前が……? そうか、なら——」
リュゼルは素早く作戦を組み立てた。
「俺が単独で奥へ進んで魔物を倒していく。ナスタはそこから漏れた魔物の対処と晴歌のサポート。それと、外にいる力のある者たちに、彼らを外へ運び出すよう指示を頼む」
「リュゼル……」
「しばらく横になって休め。外に出てイグニシアの傍で休むといい」
「イグニシア?」
「ああ。俺の友人の竜だ」
「竜人なのに……竜?」
晴歌の困惑した顔を見て、ナスタがくすりと笑った。
「そうよね。それが普通の反応よね」
「詳しい話は後だ。とりあえず、これを」
リュゼルが片耳用のカフスを差し出す。光の加減で銀色にも青色にも見える、繊細な装飾品だ。
「リュゼルの色……?」
「ハルカが俺の……大切な……いや、認めた者という証だ。これがあればイグニシアもお前を受け入れる」
「竜って、竜人もだけど焼きもち焼きが多いのよ」
ナスタの言葉に、なぜかリュゼルの顔が真っ赤になった。
「……ま、まあ、そういうことだ」
ナスタがリュゼルをからかっているようにも見えるけど……。
「ありがと。大事に…借りるね」
カフスを手に取ると、リュゼルの魔力を感じた。それが不思議と心を落ち着かせてくれる。
(この感じ……温かい)
「少しでいい。ちゃんと休めよ。一気に片付けてくる」
リュゼルが背を向けた。
——やだ。
気づいたら、抱きついてた。
「ハルカ!?」
リュゼルが固まる。
「ありがと。無理しないでね」
震える声でそれだけ言うのが精一杯だった。
「……お前もな」
リュゼルの大きな手が、そっと晴歌の手に重なる。温かい。
もっとこのままでいたかった。
でもリュゼルは、ゆっくり私の手を解いた。
「行ってくる」
「……うん」
リュゼルの背中が、ダンジョンの奥へと消えていく。
カフスを握りしめる。
(もう……会えないかも)
でも——彼は必ず戻ってくる。
そう信じて、晴歌はナスタと共に外へ向かった。




