第2章15話『それぞれの戦場』
王都近郊、中央ダンジョン。
モンスターの流出を抑えるために、フィアナとティオは数時間も戦い続けていた。
湧き出る気配は止まらない。
その時、白い鳥が空から舞い降りてきた。
「……伝達魔法?」
鳥はティオの手にとまって、次の瞬間、一枚の紙に変わる。
ティオが静かに息を呑んだ。
「ハルカだ」
フィアナの動きが止まる。
紙が開かれた。
⸻
『今、国の東端にいます。
モンスターを倒しながら、ダンジョンを引き寄せています。
倒したら、その場から離れてください。
もし近くに亡くなった人がいたら、巻き込まれないように一箇所に並べておいてほしいです』
⸻
短い。でも、無事だ。
フィアナの肩が震えた。
「……生きてる」
ぽたり、と涙が落ちる。胸がいっぱいになった。
ティオが静かに頷く。
「……東の引き寄せが強くなってる。急ごう」
「うん」
フィアナが涙を拭って、魔力を解き放つ。
光が爆ぜて、中央ダンジョンのモンスターたちは一気に押し返されていった。
◇ ◇ ◇
西では、竜国側の戦場で、リュゼルは荒れていた。
大型個体が次々と出現して、竜騎士たちが隊列を組んで応戦している。その最前線。
「下がれ!」
剣が唸って、大型モンスターを両断する。
「リュゼル!魔力を使いすぎだ!」
「配分を考えろ!」
仲間の声が飛んでくる。
耳に入らない。
晴歌の、あの日の表情が脳裏に焼き付いて離れない。
泣きそうな顔。戸惑い。失望。
(……俺は)
探しに行きたい。
今すぐに。
でも、目の前では避難誘導が続いている。竜騎士としての責務がある。民間人を守らなければならない。
それは分かっている。
分かっているのに。
(何をしている)
胸の奥で、何かが軋む。
責務と後悔が、ぐちゃぐちゃに絡み合って、呼吸が苦しい。
剣を振るう。振るう。
モンスターを倒しても、倒しても、胸の痛みは消えない。
その時、白い鳥が舞い降りてきた。
鳥はリュゼルの前で紙に変わる。
開く。
晴歌からの伝達魔法だった。
文字を追う。
東端にいる。
ダンジョンを引き寄せている。
そして、最後の一文で、手が止まった。
⸻
『……ありがとう。
もう、あなたは私を止めなくて大丈夫です。
さようなら』
⸻
息が、止まった。
肺が固まったみたいに動かない。
「……は……?」
声にならない音が漏れる。
"さようなら"
その文字だけが、異様に鮮明で、他の全てが霞んだ。
一度目を閉じる。もう一度開く。
文字は消えない。
消えてくれない。
指先に力が入って、紙がくしゃりと歪んだ。
握り潰そうとして、できなかった。
胸元へ引き寄せる。鎧の上から、ぎゅっと押さえた。
紙が、震える。
いや、震えているのは自分の手だった。
(……終わらせるな)
勝手に決めるな。
終わらせるな。
俺は、まだ……。
胸の奥で何かが暴れる。置いていかれる。守れなかった。
「リュゼル?」
仲間の声が聞こえる。
でも、何も答えられない。
頭の中が真っ白で、真っ黒で、ぐちゃぐちゃだった。
初めて会った日、晴歌を止めた。
正しいと思った。
騎士として、竜国の民として、正しいことをしたと思った。
でも、あの表情。
泣きそうな顔。
失望。
(……俺は)
守りたかったのは、何だ。
竜国か。
それとも。
答えは、もう出ている。
出ているのに、動けなかった。
責務に縛られて、後悔だけが積み重なって。
「……勝手に、決めるな」
掠れた声が闇に溶けた。
紙を懐にしまう。
剣を抜く。
「総員、撤退!」
リュゼルが叫ぶ。
「民間人の避難は完了している。お前たちも、今すぐ西の入口まで下がれ!」
「リュゼル!?一人で何を……!」
「俺が入口を塞ぐ。その間に、お前たちは第二防衛線を構築しろ」
副隊長が息を呑む。
「まさか、お前……」
「はい」
リュゼルが左手首の魔法具に手をかける。
銀色の腕輪。
魔力を抑制するための枷。
副隊長の顔色が変わった。
「待て!お前がそれを外せば……!」
「分かってます」
リュゼルは静かに答えた。
「だから、下がれ」
腕輪を、引きちぎる。
瞬間。
空気が、震えた。
リュゼルの身体から、膨大な魔力が溢れ出す。
夜の闇を裂いて、光が立ち上った。
地面が軋む。
空間が歪む。
竜騎士たちが、思わず後退する。
「化け物め……」
副隊長が呟く。
「やはり、あの血は本物か」
モンスターたちが、怯んだ。
本能が、警告している。
目の前にいるのは、捕食者だと。
リュゼルが剣を構える。
魔力が、刃に集約されていく。
「十分は稼ぐ。行け」
「リュゼル……無茶するなよ!」
「分かってる」
竜騎士たちが撤退していく。
リュゼルは一人、戦場に残った。
モンスターの群れが、殺到する。
剣が唸った。
一閃。
魔力の奔流が、戦場を薙ぎ払う。
数十体のモンスターが、一瞬で霧散した。
リュゼルは止まらない。
剣を振るう。
振るう。
振るう。
コントロールする必要はない。
周囲に人はいない。
制御する必要もない。
今は、ただ。
全てを、終わらせる。
最後のモンスターが倒れる。
戦場が、静寂に包まれた。
リュゼルは剣を鞘に納めて、西の入口へと歩く。
崩れかけた岩壁に手をかけた。
魔力を込める。
轟音と共に、岩が崩落する。
入口が完全に塞がれた。
「……これで、いい」
リュゼルは竜に飛び乗った。
東へ。
晴歌のいる場所へ。
「待ってろ」
竜が咆哮を上げて、夜空へと駆け上がった。




