第2章 第13話『終わりの始まり、願いの代償』
気がつくと、晴歌は見たことのない場所にいた。
一面が深い闇に包まれた空間。足元も天井も見えず、ただ自分の体だけがぼんやりと光っている。
「……ここ、どこ?」
「私の領域だ」
振り返ると、黒い神が立っていた。いつもより顔色が悪く、息が荒い。
「学術ギルドから、君を連れ出した」
「なんで……?」
「このままでは、すべてが壊れてしまうからだ」
黒い神は疲れたように座り込む。
「君の力が暴走すれば、白い神の世界が崩壊する。そして、君が大切に思う人たちも消えてしまう」
晴歌の胸がきゅっと締め付けられる。
「リュゼルや、ティオ、フィアナが……?」
「そうだ。そして君自身の心も壊れ、白い神も道連れになる」
黒い神の声に深い疲労が滲んでいる。
「それは何としても避けたかった。私だけでなく、他の神々もそう思っている」
◇ ◇ ◇
「この空間は私の世界だが、君の力を中和できるかもしれない」
黒い神が手を伸ばす。
「ただし、私も異世界から移動してきたため、かなり弱ってしまった。だが……後悔はしていない」
晴歌は震える手で黒い神に触れた。
「私の力……どうなっちゃったの?」
「君の無意識の願いが、現実を歪めている」
黒い神の瞳が静かに晴歌を見つめる。
「『早く帰りたい』『お父さんに会いたい』……その想いが強すぎて、それを叶えるためのダンジョンを作り出してしまった」
「私が……?」
「そうだ。今、君がいた国を横断する巨大なダンジョンが出現している」
晴歌の顔が青ざめる。
「そのダンジョンは、君の願いを叶える場所として生まれた。そこでなら、死者との再会も可能かもしれない」
黒い神の表情が曇る。
「しかし、そのダンジョンからは大量のモンスターが溢れ出している。人々を襲い、自然を破壊し、街を飲み込んでいる」
「そんな……」
晴歌の膝が震える。
「私のせいで……みんなが……」
「君に悪意はなかった。ただ、父に会いたかっただけだ」
黒い神が優しく言う。
「しかし、現実は冷酷だ。良い意図も、制御を失えば災いとなる」
◇ ◇ ◇
「どうしたら……元に戻せるの?」
「そのダンジョンを破壊すれば、異常は収まるだろう」
「でも……」
晴歌が震える手を見つめる。
「もしまた暴走しちゃったら、もっと大きなダンジョンを作っちゃうかもしれない」
「だからこそ、君は力をコントロールする方法を学ばなければならない」
黒い神が立ち上がる。
「君の力は破壊だけではない。治癒と蘇生の力でもある。それを正しく使えば、きっと皆を救えるはずだ」
◇ ◇ ◇
黒の空間に沈黙が降りる。
晴歌は膝を抱えて座り込んだ。
「お父さんに会いたい……早く帰りたい……でも、みんなを危険にさらすのはいやだよ」
「君の心の奥底では、もう答えが出ているのではないか?」
黒い神が静かに問いかける。
「君が本当に大切にしたいものは何だ?」
晴歌は目を閉じた。
父の顔、声、温もり。元の世界の懐かしい日常。すべてが恋しい。
でも——リュゼルの笑顔、ティオの静かな優しさ、フィアナの明るい声も、同じくらい大切だった。
「……帰らなきゃ」
晴歌がゆっくりと立ち上がる。
「みんなを守らなきゃ。私が作っちゃったダンジョンを、私が壊さなきゃ」
◇ ◇ ◇
「その覚悟があるなら」
黒い神も立ち上がった。
「君を元の世界に送り返そう。ただし、私の力では一度だけしかできない」
黒い神の手から、淡い光が晴歌を包む。
「少し私の力を君に譲渡した。加護とも言うか……私の世界ではない君にちゃんと働くかわからないが」
晴歌の体に、温かな力が宿る。
「覚えておけ、晴歌」
黒い神の声が遠くなっていく。
「君の父は、きっと君を誇りに思っている」
空間が白い光で満たされ始める。
「ありがとう……」
光が晴歌を包み込み——
次の瞬間、彼女の姿は黒の空間から消えた。
◇ ◇ ◇
晴歌が目を開けると、そこは見覚えのある草原だった。
でも、遠くに見える山々の向こうから、黒い煙が立ち上っている。
そして、地平線の彼方に——巨大な影がそびえ立っていた。
横長に広がる、まるで山脈のような巨大なダンジョン。
そこから溢れ出るモンスターの群れが、小さな街を襲っているのが見える。
「あれが……私が作っちゃった……」
晴歌の拳が震える。
でも、立ち止まっている時間はない。
一歩、また一歩と、巨大ダンジョンに向かって歩き始める。
ダンジョンの入口付近では、何人もの冒険者たちが慌てて逃げ出してくるのが見えた。
「無理だ! あんなモンスター相手にできるか!」
「精神が持たない……あの中にいたら気が狂いそうになる」
「金稼ぎどころじゃない。命あってのものだ」
すれ違う冒険者たちは皆、恐怖に顔を歪めながら入口から遠ざかっていく。
中には実力のありそうなベテラン冒険者の姿もあったが、誰一人として立ち向かおうとする者はいなかった。
晴歌は彼らとすれ違いながら、一人だけ逆方向に——ダンジョンの入口に向かって歩いていく。
「おい、嬢ちゃん! 危険だぞ!」
逃げてきた冒険者の一人が声をかけるが、晴歌は振り返らなかった。
これは私の責任。私が作ってしまったものを、私が壊さなければならない。
巨大なダンジョンの入口が、まるで深淵のように口を開けて晴歌を待っていた。




