第2章 第12話『消えた少女と二つの国の王』
「異世界召喚者、消失――」
報告書の一行目が、二つの王国を震撼させた。
学術ギルドでの騒動から三時間後、王宮の一室に四人が集められていた。
リュゼル、ティオ、フィアナ、そして学術ギルドの所長アレクセイ・ヴォルコフ。
全員の表情は暗く、重い沈黙が部屋を支配している。
リュゼルは壁にもたれかかり、拳を固く握りしめていた。
ティオとフィアナは向かい合って座っているが、互いに目を合わせることができない。
ヴォルコフ所長は書類を手に持ったまま、小刻みに震えていた。
「ハルカは死んだ訳ではないんだよな……」
リュゼルが低い声で呟く。
「断言はできないが……目の前で消えたのは見ていた」
ティオが静かに答えた。
「私たちの力でも、あの子の力は抑えきれなかった」
フィアナの声が震える。
「正直、あのままだったら私たちも無事ではなかったかもしれない」
その時、扉が開いた。
入ってきたのは、宰相クラウス・フォン・エーベルハルトと、ルディアン王子。
二人の表情は厳しく、特に宰相の青い瞳には怒りが宿っていた。
「皆さん、お疲れ様でした」
ルディアン王子が先に口を開いたが、その声には普段の温かさがない。
「今回の件について、詳しくお聞かせください」
◇ ◇ ◇
「まず、ヴォルコフ所長」
宰相が冷たい声で切り出す。
「なぜ、王宮への事前報告もなしに、勝手にハルカ殿の調査を行ったのですか?」
「それは……彼女の魔力に関する正式な資料がなく、学術的な興味から……」
「学術的興味?」
宰相の声が一段と厳しくなる。
「極秘事項を、自分の興味だけで!」
ヴォルコフ所長が青ざめる。
「申し訳ございません。ただ、あれほど危険な力だとは情報がなく……」
「だからこそ極秘扱いだったのです」
宰相が手を上げて制止する。
「各ギルド長には、こちらからの決定があるまでは、と通達があったでしょう」
「結果的に、彼女を消失させてしまった責任は重大です」
「ティオ殿、フィアナ殿。なぜ彼女を一人で行動させていたのですか?」
ティオが顔を上げる。
「ハルカ本人の希望でした。力が不安定で、人に迷惑をかけたくないと」
「その結果、学術ギルドに目をつけられ、無防備な状態で調査を受けることになった」
宰相の声が厳しくなる。
「彼女なら『みんなの迷惑になりたくない』と言いそうですね。各々やることがありますし……」
ルディアン王子が静かに問いかける。
「宰相、彼らだけが悪いわけではありません。許可を出した私も、色々な事態に備えて対応を考えておくべきでした」
◇ ◇ ◇
「リュゼル・ヴァレイド殿」
宰相がリュゼルを見る。
「ザル=エンハール連邦王国からの派遣騎士として、彼女をどう守ったのか」
リュゼルの拳がさらに強く握られる。
「……申し訳ございません。任務を全うできませんでした」
かすれた声だった。
「私は……俺は何もできなかった。むしろハルカに助けられてばかりで。あの時も、今回も……」
「リュゼル……」
ルディアン王子が心配そうに見つめる。
「竜族の騎士として……いや、一人の男として」
リュゼルの拳が震える。
「ハルカを守ると誓ったのに、結局何もできなかった」
部屋に重い沈黙が降りる。
宰相でさえ、リュゼルの苦悩を前にして言葉を失っていた。
◇ ◇ ◇
「責任の追及は後でも構いません」
ルディアン王子が立ち上がる。
「今は、ハルカ殿を見つけることが最優先です」
「しかし、手がかりが……」
ヴォルコフ所長が弱々しく言う。
「あの黒い光に包まれて、完全に消失しました。魔力の痕跡すら残っていません」
「黒い光?」
宰相が眉をひそめる。
「はい。最後に、奇妙な黒い光が彼女を包み込んで……」
ティオが説明しようとした時、扉がノックされた。
「失礼いたします」
宰相の秘書官が慌てたような様子で入室する。
「何か緊急の案件でも?」
宰相が振り返る。
◇ ◇ ◇
一時間後、王宮の謁見の間。
グラディウス王、王后、王族たち、そして外交訪問中だったザル=エンハール連邦王国のヴァルゼイン=ドラス竜王の前で、今回の事件の報告が行われていた。
「ダンジョンの異変は全世界規模の問題です」
宰相が竜王陛下に向けて説明する。
「竜王陛下には直接お聞きいただいた方が、両国にとって有益かと判断いたします」
そこに、王子の側近が書類を持って現れた。
「失礼いたします。各地からの緊急報告です」
「ダンジョンに異常?」
ルディアン王子が書類を受け取る。
「はい。東部、南部、西部の三箇所で同時に現象が報告されています」
側近が説明する。
「まず、東部の街では、ダンジョンから光の柱が立ち上り、一晩中消えませんでした」
「光の柱……?」
「南部では、ダンジョンの入口が突然巨大化し、周囲の建物を飲み込みました。避難者は既に数百人規模になっています」
グラディウス王が眉をしかめる。
「西部でも、ダンジョン内部の構造が一夜にして変化しているという報告が」
「もしかして、ハルカ殿が学術ギルドにいた頃からか……!?」
宰相が鋭く問う。
「はい。ほぼ同時刻です」
リュゼルが顔を上げる。
「ティオ殿、ハルカ殿の消失と関係があると思いますか?」
「可能性は高いでしょう」
ティオが静かに分析する。
「魔力の流れから推測いたしますと、彼女の力はこの世界のダンジョンそのものと深く関わっているものと思われます」
フィアナが今にも泣きそうな表情を浮かべた。
「つまり、ハルカ殿は学術ギルドでの調査中に消失し、同時刻に各地でダンジョンの異変が発生した、ということですね」
ヴァルゼイン竜王が重々しく言う。その竜族特有の金色の瞳には、深い憂慮が宿っていた。
周囲の空気が、わずかに震える。竜王の魔力が、感情と共に微かに漏れ出ていた。
「我が国でも新たなダンジョンの出現は確認している。ただし、まだこのような異変は起きていない」
竜王の声に、深い懸念が込められていた。
「しかし、もしも同様の現象が我が国にも波及するなら……事前に情報を得ておく必要がある。この規模の同期現象、単独の力では説明がつかない」
「その通りでございます、竜王陛下」
宰相が答える。
「彼女の力の正体と、今回の異変の関連性については、さらなる調査が必要かと」
「早急に対策を講じる必要がありますね」
王后が祈るように手を組みながら言う。
「国民への影響も考えなければ。それに、他国への対外説明も……」
宰相が政治的な課題を口にする。
「両国で情報を共有し、冷静に対処していくしかありません」
竜王が静かに付け加えた。
「感情的になっては、見えるものも見えなくなる」
その時、謁見の間の扉が開いた。
ルディアン王子の側近が慌てたような様子で入ってくる。
「失礼いたします!」
「どうした?」
王子が振り返る。
側近は息を切らしながら、王子の耳元で何かを囁いた。
王子の表情が一変する。
「陛下、発言をお許しください」
「何事か?」
グラディウス王が眉をひそめる。
王子が深刻な表情で口を開いた。
「国境沿いに新たなダンジョンが出現したとのことです。しかも、今までにない巨大なものだという報告が……」
謁見の間に、重い沈黙が落ちた。




