表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただ帰りたいはずだったのに、私は壊す者になった  作者: 川浪 オクタ
第2章 『束の間の平穏』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/38

第2章 第11話『ただ、そこにいるだけで』

 翌日から、晴歌は王都から一時間ほど離れた小さな森で、一人の生活を始めた。


 川が近くを流れ、水の確保には困らない。モンスターの気配も薄く、安全な場所だった。


 リュゼル、ティオ、フィアナは、それぞれの用事で王都に戻っていた。


「ここなら、魔力が暴走しても大丈夫」


 一人呟きながら、晴歌は静かな森の生活に慣れ始めていた。


 朝は川で顔を洗い、昼は近くの木の実を採取し、夜は焚き火を囲んで静かに過ごす。


 時々、魔力の暴走で木の枝が折れたり、石に亀裂が入ったりするが、誰にも迷惑をかけることはない。


「少しずつ、コントロールできるようになってきたかも」


 ふと視界の端のウィンドウを確認すると、まだ【状態:不安定】のままだが、震えは少なくなっている。


 ◇ ◇ ◇


 それから五日が過ぎた昼下がり、森の入り口からティオが慌てたような様子で現れた。


「ハルカ!大変だ!」


「ティオ!どうしたの?」


 晴歌が驚いて立ち上がる。


「学術ギルドで文献を調べていたら、所長に声をかけられた」


 ティオが息を切らしながら説明する。


「お前と一緒に行動しているエルフがいると聞いた、と。それでハルカのことを……」


「私のこと?」


「ダンジョンを破壊する少女の話は、既にギルド内でも噂になっていたらしい。所長が直々に、一度力を見せてほしいと言ってきた」


 晴歌の表情が曇る。


「でも、今の私の力は不安定で……」


「それも話したんだが、むしろそれで興味を持たれてしまった」


 ティオが困ったような表情を見せる。


「客観的にの力を調べることで、不安定な理由がわかるかもしれないと。一応断ったんだけど……もしかしたらここに……」


 ティオが言いかけた時、森の入口の方から馬車の音が聞こえてきた。


「まさか……」


 ティオの顔が青ざめる。


「俺の後をつけてきたのか」


 馬車が止まり、数人の研究者風の男女が降りてきた。その中には、威厳のある初老の男性もいる。


「これは失礼。森の中まで押しかけてしまって」


 男性が丁寧に頭を下げる。


「学術ギルドの所長、アレクセイ・ヴォルコフと申します」


「あの……私は……」


 晴歌が戸惑っていると、所長が優しく微笑んだ。


「ハルカ殿ですね。お噂はかねがね」


「力を見せてほしいなどと、失礼な申し出をしてしまい申し訳ありません」


 所長が再び頭を下げる。


「ただ、この国の魔法研究にとって、非常に貴重な機会でして」


「でも……」


「もちろん、強制するつもりはございません。ただ、もしよろしければ、一度ギルドにいらしていただけませんでしょうか」


「今の私の力は不安定で、危険かもしれません」


 晴歌が遠慮しようとすると、所長の表情が少し変わった。


「それこそ、我々が調べたい部分です。魔力の不安定さの原因を解明できれば、君の助けにもなるでしょう」


 研究者たちが晴歌を囲むように立つ。


「…彼女に触れるのはやめた方がいい」


 ティオが前に出ようとしたが、研究者の一人が制止した。


「エルフ殿もご一緒に。貴方の観察眼も必要だ」


「これは……半ば強制的だな」


 ティオが小さく呟く。


「まあ、そういうことです」


 所長が苦笑いを浮かべる。


「国家機密に関わることですから、ある程度の強制力は必要でして」


 結局、晴歌とティオは馬車に乗せられることになった。


 ◇ ◇ ◇


 学術ギルドの地下にある"忘却の大書庫"。


 かつて、神々との契約や失われた魔法、禁書が眠っていたとされる場所。


「ここは……」


 晴歌が息を呑む。


 棚それぞれに結界が張られ、講堂のような開けた空間が広がっている。


 案内役は数人の研究者たち。彼らは晴歌に礼儀は尽くすものの、目を合わせようとはしない。距離を取り、彼女の背後でささやく。


「やはり……近くにいるだけで、空気の流れが変わる」


「触れていないのに、魔力の反応が――」


「地下二階は許可のある者しか入れません。ここには非常に貴重な書物があります」


 所長の説明を聞きながら、ティオだけが彼女の側にいる。だが、彼は内心では危機感を募らせていた。


(これはまずい……この状況をフィアナやリュゼル、いや王子に報告しなければ)


 晴歌の魔力があまりにも異常で、このままでは取り返しのつかないことになりかねない。だが、今は彼女のそばを離れるわけにはいかなかった。


「念の為、冒険者ギルドからも魔力の高い者を派遣してもらっています」


 所長が説明する中、晴歌が横目で見ると、派遣された魔法使いたちの中にフィアナの姿があった。


 彼女と目が合うと、フィアナは心配そうな表情で小さく頷いた。


「何かあった時のために、複数の魔法使いで対応する予定です」


 ◇ ◇ ◇


 調査対象の棚のひとつが、古い禁書の封印を受けていた。


 晴歌が近づくと、封印が"軋む"ような音を立ててひび割れはじめる。


「あ……これ、触れてない……のに」


 彼女は何もしていない。手も伸ばしていない。


 けれど、"力"が勝手に放出され、魔法障壁を破り、周囲の本が崩れていく。


 研究者たちは一斉に下がる。


 封印が解除される直前、彼女がとっさにその書を"壊して"しまう。


 本は光に包まれ、紙の粒子となって空間に溶けた。


「やめたいのに……やめられない……」


 ティオは結界を展開し、被害が広がらないように力を展開している。


「……ごめんティオ!……どうしよう……止まらない!」


 騒ぎの中、一般市民の立ち入り区域にまで魔力の波が届いてしまう。


 大理石の床が軋み、ランプが割れ、窓が砕ける。


 "何もしていない"彼女の周囲だけが、静かに崩壊していく。


 フィアナが騒ぎに気づき、結界をはる魔法を展開しながら晴歌たちのそばに近づいてくる。


「……何よこれ!どうやったら、こんな力が現れるわけ!?」


「……何もしていない」


「え……?」


「何もしていないけど、何かの禁書に選ばれたようだ」


 ティオの声が震える。


 さらに晴歌の力が大きくなる。


 二人の力でも抑えきれなくなってきた。


「やだ……止めて……誰か……」


「皆で結界を張ればなんとかなるかもしれません!」


 学術ギルドの研究者の一人がそう叫んだ時、さらに晴歌の力が増大した。


 双子たちも苦しそうな表情をするようになってきた。


「……だめだ!みんな早くここから逃げろ!!」


 必死の形相のティオの叫び声に、学術ギルドの人達は一斉に外に向かって走り出した。


「ハルカ!気をしっかり持って!魔力を体の中で押さえ込むように集中して!」


 フィアナの声があまり聞こえなくなっている。


 騒ぎに駆けつけた騎士団。


 リュゼルもいる。


「ハルカ……!?」


「リュゼル……助けて……」


 声にならない声が黒い光にかき消されて——


 晴歌ごと消えた。


 その瞬間、結界が張られていた書物が棚から落ち、天井にあったランプも落ちてきた。


 ティオたちは再度結界を張り、ギルド全体に行き渡らせるようにした。


 中にいる人達を落下物などから守るために。それは簡単に広げることができた。


「……私達の力が足りなかったんじゃない。ハルカの力が強すぎたのよ」


 フィアナが息を荒げながら言う。


「……それもあるが、禁書の力もある。なぜギルドはこの場所を指定したんだ……?」


 ティオが疑問を口にする。


 所長が青ざめた顔で答える。


「封印された禁書との反応を見たかったのです……まさか、これほどとは」


 入り口のあたりで、リュゼルが膝をついている。


 魂の抜けた亡骸のように。


「……ハルカ?どこに行ったんだ……?」


 その声は、誰の耳にも届かなかった。


 広い書庫の中に、ただ静寂だけが残されていた。


 晴歌は——消えてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ