第2章 7話『束の間の日々』
翌朝、晴歌は城の家族と一緒に朝食を取っていた。
ルディアン王子の兄であるエドワード王太子は、落ち着いた雰囲気の男性だった。
「ハルカ、城での生活はいかがですか?」
「みんなによくしてもらって嬉しいです。ありがとうございます」
王太子の隣に座る妹のリリアナ王女が興味深そうに聞く。
「ダンジョンを破壊する時って、どんな気持ちなの?」
「リリアナ、朝食の時にそんな話は……」
もう一人の妹、エリザベス王女が制止する。
「でも気になるじゃない」
リリアナが口を尖らせる。
「怖くないの?」
「最初は怖かったです」
晴歌が素直に答える。
「でも、今は……必要なことだと思っています」
王が感心したように頷く。
「立派な心構えですね」
その時、セレスティアが現れた。
「おはようございます」
彼女は迷わずリュゼルの隣に座る。
「リュゼル様、今日はいかがお過ごしになる予定ですか?」
「訓練をしようと思っている」
「まあ、でしたら私もご一緒させていただけませんか?」
セレスティアが嬉しそうに言う。
「昔のように、お手合わせを」
晴歌の手が止まった。
◇ ◇ ◇
午前中、晴歌は城の医務室を見学していた。
城の医師が薬草の調合をし、隣の部屋では魔法をかけている人たちがいるのを興味深く見つめる。
以前に傷を治してくれた薬草や魔法がどんなふうに使われるのか、とても気になっていた。
「この世界の回復薬は、薬草などを潰して丸くしたものがほとんどなんです」
医師が説明してくれる。
「傷などにはそのまま傷口に貼ったり、すりつぶして塗ったり。魔法は治癒魔法と回復魔法の二つに分かれていて、治癒魔法の使い手は少数なんですよ」
「本棚にあるもので気になるようなものがあったら、見ても良いですよ」
医師が優しく微笑む。
本棚にはどれも興味のあるタイトルが並んでいたけれど、一つだけ目に留まったものがあった。
『異世界人治療記録』
その文字に、晴歌の心臓がどきんとした。
「あの……これは?」
「ああ、これですか。過去にも何人か、異世界から来られた方がいらっしゃいまして」
「ほとんどの方が……元の世界には戻れずにこちらで生涯を終えられているようですね」
その言葉に、晴歌の胸が重くなった。
「何を見ているんですか?」
振り返ると、エリザベス王女が立っていた。手には薬草と水晶が入った小さな籠を持っている。
「あ、王女様……」
「エリザベスでいいです。同い年くらいでしょう?」
「私、治癒魔法の素質があることがつい最近わかったんです」
エリザベスが治療記録を覗き込む。
「回復魔法は使えるんですが、薬草などの知識も勉強を始めたばかりで。だから、いろんな人を治療した記録を読んでるの。異世界の方は体質が少し違うから、普通の治療じゃ効かないことがあるんです」
「そうなんですか……」
「大変ですね。元の居場所に帰りたいでしょう」
「最初はそう思ってました。でも、今は……」
晴歌の頬がほんのり赤くなる。
「複雑な気持ちです」
エリザベスが理解するように微笑んだ。
「ここにも大切な人ができたのね」
◇ ◇ ◇
午後、晴歌は訓練場の見学をしていた。
リュゼルとセレスティアが剣の稽古をしている。
セレスティアの剣技は見事で、リュゼルと互角に戦っていた。
「さすがセレスティア様」
見学していた騎士たちが感嘆の声を上げる。
「幼い頃から、リュゼルがこの国に来ると必ず手合わせしていたようだな」
「お似合いのお二人ですね」
その言葉に、晴歌の胸がちくりと痛んだ。
稽古が終わると、セレスティアがリュゼルに寄り添う。
「お疲れ様でした、リュゼル様」
汗を拭くタオルを差し出す彼女の仕草は、とても自然だった。
「ありがとう」
リュゼルがタオルを受け取る。
その時、セレスティアが晴歌に気づいた。
「あら、ハルカ様。ご見学されていたのですね」
「はい……お疲れ様でした」
「ハルカ様も剣術はなさいますの?」
「いえ、全然……」
「そうですの。でしたら、今度お教えいたしましょうか?」
「あ、その……必要になったら教えてください」
晴歌が慌てて答えると、セレスティアは微笑んだ。
「いつでもお声をかけてくださいね」
◇ ◇ ◇
夕食後、晴歌は悩んでいた。
セレスティアの剣術の申し出、どう答えたらいいんだろう。ティオとフィアナに相談したかったけれど、どこにいるんだろう。
二人が好きそうな屋上庭園に向かってみた。
しかし、そこに二人の姿はなかった。
一人で椅子に座り、星空を見上げながらもやもやと考えていると、足音が聞こえた。
「ここにいたのか」
リュゼルが現れる。
「ハルカを探していた」
星空の下、晴歌とリュゼルが並んで座った。
「最近、元気がないな」
リュゼルが心配そうに言う。
「セレスティアのことか?」
「……うん」
晴歌が素直に認める。
「彼女、本当に綺麗で、剣も強くて……リュゼルとお似合いだと思う」
「俺は……」
「分かってる」
晴歌が遮る。
「でも、やっぱり不安になっちゃうんだ」
リュゼルが晴歌の手を取った。
「お前は、セレスティアとは全然違う」
リュゼルが微笑む。
「お前は、お前のままでいてくれ」
「俺が愛したのは、ありのままのお前だ」
◇ ◇ ◇
晴歌の部屋に戻ると、机の上に小さな包みが置かれていた。
開けてみると、夜会の時にルディアン王子からお借りしたアクセサリーと同じデザインの髪飾りが入っている。
銀と金、アクセントに青色の小さい宝石が付いた美しいもので、旅にも持っていける大きさだった。
手紙が添えられていた。
「リュゼルから……?」
『お前が笑っていてくれることが、俺の一番の幸せだ。明日も、その次の日も、ずっと一緒にいよう。リュゼル』
(そうだ……私は私らしく)
髪飾りを大切に箱にしまい、晴歌は安らかな眠りについた。
明日はどんな一日になるだろう。
でも、きっと大丈夫。
リュゼルがそばにいてくれるから。




