第2章 6話『セレスティア・フォン・ヴィルヘルム』
セレスティア・フォン・ヴィルヘルム公爵令嬢。
金髪に青い瞳、完璧な立ち振る舞いと美貌を持つ17歳の彼女は、まさに貴族のお手本のような女性だった。
「リュゼル様」
彼女がリュゼルに向かって優雅にカーテシーをする。
「お久しぶりです」
「セレスティア……なぜここに?」
リュゼルが困惑した表情を見せる。
「お噂をお聞きいたしまして。リュゼル様が禁書の呪いにかかられたと」
セレスティアの美しい瞳に涙が浮かぶ。
「心配で、心配で……居ても立ってもいられませんでした」
「セレスティア令嬢はリュゼルの幼馴染でしてね」
竜族の王であるグラディウス王が説明する。
「昔から仲が良かったのです」
晴歌は胸の奥で、もやもやとした感情が湧き上がるのを感じていた。
◇ ◇ ◇
「こちらがハルカです。リュゼルを救ってくれた恩人です」
ルディアン王子が紹介すると、セレスティアが晴歌を見つめた。
「まあ……」
一瞬、彼女の瞳に何かが過ぎったが、すぐに完璧な笑顔に戻る。
(私のこと、子供って思われてるのかな……)
晴歌にはそう感じられた。
「リュゼル様をお救いくださって、ありがとうございます」
「え、いえ……大したことしてないです」
晴歌が答えると、セレスティアがリュゼルの隣に座った。
「リュゼル様、お怪我はもう大丈夫ですの?」
心配そうに彼の手を取る。
「ああ、もう平気だ」
リュゼルが手を引こうとするが、セレスティアは離さない。
「よかった……本当によかった……」
胸の奥でモヤモヤするこの気持ち……多分、嫉妬なんだ。
◇ ◇ ◇
食事が進む中、セレスティアは楽しそうにリュゼルとの思い出話を始めた。
「覚えていますか?子供の頃、リュゼル様が私を助けてくださったこと」
「川に落ちた時のことか」
「そうです。あの時、リュゼル様が飛び込んで……」
セレスティアの頬が薄く染まる。17歳らしい大人っぽい美しさで、王族の皆さんも微笑ましそうに聞いてる。
「あの時から、ずっと……」
晴歌だけは、食事が喉を通らなかった。
晴歌があまり食べていないことに気づいたリュゼルが心配そうに声をかける。
「ハルカは大丈夫か?」
「うん、ちょっとまだ緊張してるかも」
「あら、それでしたらお部屋でお休みになった方が……」
セレスティアが優しく言う。
「いえ、大丈夫です」
晴歌は無理に笑顔を作った。
ティオとフィアナは心配そうな顔でハルカを見守っていた。
食事が終わると、王族の方々が晴歌に話しかけてくださり、なかなかリュゼルとは一緒にいられなくなった。ティオとフィアナも、いつの間にかヴァルゼイン王と楽しそうに話している。
周りは偉い人たちばかりで、変なことを言っていないか心配になったが、皆優しくて素敵な方々だった。ルディアン王子も楽しそうに会話に参加している。
夜も更け、解散の時間となった。
「また機会があれば、ぜひお話しましょう」と王様に言っていただけて、晴歌は嬉しかった。
そろそろ部屋に戻ろうかと思ったけれど、ティオたちはまだ話をしているし、リュゼルは……セレスティアさんとずっと一緒にいる。
いろんな気持ちがモヤモヤしてるから、夜会の部屋から出て、部屋へ戻る途中にあるテラスで一人佇んでいた。
◇ ◇ ◇
セレスティアのことで心がざわざわして、このまま部屋に戻る気分じゃなかった。
月明かりが美しいサファイアブルーのドレスを照らしている。
「一人でいらっしゃるのですか?」
振り返ると、ルディアン王子が立っていた。
「王子様……」
「美しいお姿ですね」
王子の言葉に、晴歌の頬がほんのり染まる。
「ありがとうございます。でも、慣れなくて……」
晴歌がドレスの裾を少し持ち上げる。
「そうは見えませんよ。とても自然で、美しい」
ルディアンが優しく微笑む。
「セレスティア令嬢のことで、何かお考えですか?」
「……どうして分かるんですか?」
「表情に出ていますから」
王子がテラスの手すりに寄りかかる。
「彼女は確かに美しい女性ですね。リュゼルとも古くからの知り合いで」
「はい……私なんかとは全然違うし」
「それは違います」
ルディアンが静かに言う。
「君には、君にしかない魅力がある」
王子様の瞳になんだか寂しそうな感じがあったけど、私はよく分からなかった。
「でも、やっぱり気になっちゃって……」
「お気持ちはよく分かります」
ルディアンが空を見上げる。
「私も、諦めなければならない気持ちがありますから」
「王子様?」
「身分の違い、立場の違い……いろいろな理由で届かない想いというものがあります」
王子の声に、自分に言い聞かせるような響きがあった。
「でも、大切なのはその人の幸せです。リュゼルが選んだのは貴女なのですから」
「えっ、もしかして王子様、知ってるんですか……?」
「今朝リュゼルが私に、君への想いを打ち明けてくれました」
ルディアンが優しく微笑む。
「私も君の幸せを願っていますよ」
ルディアン王子は晴歌の手を取って軽く口づけをして、ウインクした。
「体が冷えないうちに部屋へ戻ってくださいね」
ルディアンが上着をかけてくれた。
「えっと……ありがとうございます」
「ふふ……この姿を見れただけでも私は幸せ者ですね。上着は明日侍女に渡してください。それでは、ハルカ嬢、おやすみなさい」
「おやすみなさい……」
ルディアンが去っていく途中で、リュゼルが現れた。
二人は少し立ち話をしているようだが、ここまでは聞こえない。
やがてルディアンが城の中へ消えていくと、リュゼルがこちらに向かって歩いてきた。
「ハルカ」
王子の上着を羽織った晴歌と、心配そうな表情のリュゼル。
月明かりの下で、二人は静かに見つめ合った。




