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ただ帰りたいはずだったのに、私は壊す者になった  作者: 川浪 オクタ
第2章 『束の間の平穏』

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第2章 第3話『帰らない彼』

 あの夜から、もう一週間が経っていた。

 リュゼルが調査に出かけてから、一度も顔を見ていない。


 翌朝、晴歌が食堂に下りても、やはりリュゼルの姿はなかった。


「おはよう、ハルカ」

 フィアナが朝食の準備をしていた。

「おはよう。リュゼルは?」

「まだ帰ってきてないわね……」

 フィアナの表情にも、心配の色が浮かんでいた。


 最初の数日は「調査が長引いているのかも」と思っていた。でも一週間となると、さすがにおかしい。

 晴歌は胸の奥で、不安が日に日に大きくなっていくのを感じていた。

(最近、全然会えてない……)


「ティオは?」

「外で読書中よ。本当にあの子は本が好きね」

 フィアナが苦笑いを浮かべる。

 朝食を食べながらも、晴歌は落ち着かなかった。


 ◇ ◇ ◇


「もう我慢できない」

 晴歌がティオとフィアナに向き直った。


「さすがにおかしいよ。一週間も音沙汰なしなんて、リュゼルらしくない」


「そうね……私たちも心配してたの」

 フィアナが心配そうに眉をひそめる。


「でも、王子からの極秘任務で急に決まった事だったら連絡できないこともあるだろう」

 ティオも本を閉じて、立ち上がった。

「寮を確認してみよう。もしかしたら、こっそり戻っているかもしれない」


「私は行くけど、二人とも用事ないの?」


 晴歌が気遣うように聞くと、フィアナが首を横に振った。

「私は今日はフリーよ」

「俺もだ」

 ティオも頷いた。

 三人は寮へ向かった。


 寮の入り口で守衛に声をかけられる。

「すみません、どちらへ?」

「リュゼル……えっと」


 晴歌が戸惑っていると、ティオが前に出た。

「リュゼル・ヴァレイド殿にお会いしたく参りました」


 ティオが説明すると、守衛は困ったような表情を浮かべた。

「リュゼル殿なら、一週間ほど前から寮にはいらっしゃらないが……」

「やっぱり……」

 フィアナが小さく呟いた時、寮の中から見覚えのある声が聞こえてきた。


「あれ、君たちは確か時の迷宮で一緒に任務をした……」


 振り返ると、あの時救出した騎士団の一人が近づいてきた。その後ろには、竜族らしい鋭い瞳をした騎士も続いている。


「リュゼルを探してるんです。一週間前から会えてなくて……」

 晴歌が説明すると、騎士の表情が曇った。


「やはりそうか。実は我々も心配していた。特に竜族の騎士たちからは、強い懸念の声が上がっている」


 竜族の騎士が前に出た。

「リュゼルは我々竜族の中でも優秀な戦士だ。彼がこれほど長期間音信不通になることは、ただ事ではない」

 その金色の瞳には、深い心配が宿っていた。


「団長が今、王子に報告に向かっているところだ。竜族としても、正式に捜索願いを出す予定だ」


 騎士は三人を見回した。

「君たちも王宮に向かった方がいい。王子が何らかの対策を検討されているはずだ」


 ◇ ◇ ◇


 王宮に向かう途中、晴歌は胸の鼓動が早くなるのを感じていた。

(騎士団まで心配してるなんて……やっぱり何かあったんだ)


 執務室に着くと、既に騎士団長と王子が深刻な表情で話し込んでいた。数人の竜族の騎士たちも同席していた。


「失礼します」

 三人が部屋に入ると、王子が振り返った。

「ハルカ嬢か。久しぶりだな」


 王子は晴歌に微笑みかけてから、ティオとフィアナに視線を向けた。

「そして、君たちは確か双子のエルフの……初めて正式にお会いするな。私は王子のルディアン・ロア=グレンだ」

「ティオです」

「フィアナです」

 二人が丁寧に一礼する。


「ちょうど良いところに来てくれた」

 騎士団長も立ち上がる。

「実は今、リュゼルの件で緊急会議を開いていたところだ。一週間も音信不通というのは、前例がない事態だからな」

「やはり、騎士団でも問題視されてたんですね」

 ティオが確認する。

「ああ。特に竜族の騎士たちは、同族の危機として深刻に受け止めている」

 王子が地図を広げた。


 ◇ ◇ ◇


「その調査地はどこですか?」

 晴歌が身を乗り出した。

「王都から北東、深い森の奥にある古い神殿だ」


「行きます」

 晴歌がきっぱりと言った。


「ハルカ殿、危険かもしれない。リュゼルほどの実力者に何かあったとすれば——」

 騎士団長が心配そうに言った。


「でも、選抜隊として、私が先に行きます」

 晴歌は少し考えてから、続けた。

「リュゼルのこと……きっと私なら見つけられる。なんというか、勘みたいなものなんですけど」


 王子は晴歌の表情を見つめた。

「君の直感か……分かった。ただし、最大限注意してくれ」

 地図に印された場所は、王都から馬で半日の距離だった。


 騎士団長が心配そうに口を開いた。

「本当に一人で行くのか?やはり誰かと一緒に……」


「大丈夫です」

 晴歌は地図を見つめた。

(リュゼル、待ってて)

 心の中で、そっと呟いた。


 ティオが小さく苦笑いを浮かべた。

「リュゼルの心配性は、この騎士の方たちの影響かな?」


 ◇ ◇ ◇


「森の入り口まで送らせていただきます。そこで待機いたします」

 騎士が手綱を引きながら言った。晴歌は馬に乗せてもらっている。


 地図によると、神殿は森の入り口から歩いて2〜3時間の場所にあるという。

 北東の森へ。

 リュゼルを探しに。


 晴歌の胸には、不安と決意が同じ分だけ渦巻いていた。

 風が頬を撫でて、髪を揺らす。


(絶対に見つける)


 馬は、森の方角へと駆けていった。

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