第2話『壊すことで、私は何を守ったのか』前編
“壊した”あとに残るのは、静けさだけだった。
けれど、その静けさが、こんなにも重いなんて思わなかった。
◇ ◇ ◇
まるで夢の中にいるようだった。
現実感のない空の青さ。湿った草の匂い。
さっきまで見ていた「家の玄関」の風景は、どこにもない。
目黒晴歌は、朽ちた遺跡の残骸を背に、呆然と立ち尽くしていた。
【記録:1/残数:99】
【状態:安定】
浮かび上がったウィンドウは、何も語らない。
それでも、胸の奥に確かに残っていた。
――“何か”を、自分が“消した”という感覚だけが。
「……こんなの、全然わかんないよ……」
涙は出なかった。
怖くて、疲れて、それどころじゃなかった。
「ここに、いたくない……」
足が重くて動かない。
体の感覚すら、どこかぼんやりしている。
本当に“ここにいる”のかどうかも、わからなくなってくる。
けれど、それでも。
「……行かなきゃ……」
ここじゃない、どこかへ。
◇ ◇ ◇
どれほど歩いただろうか。
空がゆっくりと傾き始めた頃、森の奥に一つの建物が見えた。
崩れかけた石造りの門、蔦の絡まる壁――かつて人が住んでいた洋館のような、ダンジョン。
吸い寄せられるように、中へ入る。
重たい扉の先に広がるのは、しんとした静寂。
誰かが長い間暮らしていた家の“抜け殻”のようだった。
「す……すみません……お邪魔します……」
元の世界の癖だったのかもしれない。自然と声が漏れた。
返事はない。数秒待って、そっと歩き出す。
ホコリをかぶったソファ、壊れた食器棚。
絨毯には足跡も、血痕もない。
(人がいた気配はある。でも、今はもう、誰もいない……)
ふと目に留まったのは、棚の上に置かれた数枚の額縁。
倒れかけたものを、そっと立て直す。
「こほっ……すごいホコリ……」
中に描かれていたのは、穏やかな笑顔の家族だった。
父、母、子どもたち――寄り添い合う姿が、絵の中で微笑んでいる。
その温かさが胸に沁みて、ひとすじ、頬を涙が伝った。
「帰りたい……」
声に出した瞬間、涙が溢れた。止まらない。止められない。
泣いたって、戻れない。
泣いたって、誰も助けてはくれない。
これは夢なんかじゃない。現実だ。
でも、それでも――
「……たすけて……」
その声は、自分でも驚くほど小さかった。
誰にも届かないと分かっていても、誰かが聞いてくれるような気がした。
だから、声に出した。
……でも、答えはなかった。
(後編へつづく)




