第21話『本心の名前』
「さて、私たちは空気読んで先帰るわね」
フィアナがくすくす笑う。
「ああ、ゆっくり話してこい」
ティオも頷いた。
「いや、一緒に帰ろう」
リュゼルが少し照れくさそうに言った。
四人は並んで、王都への道を歩き始めた。
夕日が長い影を作る。草原を渡る風が、心地いい。
「今日の任務、お疲れ様」
リュゼルが三人を見る。
「お疲れ様」
三人が声を揃える。
「一時的なパーティーだが……悪くなかったな」
「うん」
晴歌は頷いた。
初めての共闘。初めてのチームワーク。
みんなで助け合って、守り合って、戦った。
(これが、仲間っていうこと)
心の奥が温かくなった。
「また一緒に任務ができるといいね」
「ああ」
リュゼルが笑う。
その笑顔が、今までで一番穏やかだった。
◇ ◇ ◇
王都に戻ると、宿屋の前には店主のロルフとサラが並んで立っていた。
二人とも涙の跡があるが、穏やかな笑顔を浮かべている。すでに騎士団から事情を聞いて、感動の再会を済ませた後のようだった。
「あ、お姉ちゃんたち!」
サラが四人の姿を見つけて駆け寄ってくる。
涙でまだ少し腫れぼったい目をしているが、笑っている。栗色の髪、大きな瞳、小さな体。それでもその目には、強い光があった。
店主のロルフも深々と頭を下げながら近づいてくる。
「本当にありがとうございました。騎士団の方から、詳しく聞かせていただきました」
その声には、深い感謝と安堵が込められていた。
「ありがとう! 助けてくれて!」
サラが元気いっぱいに声を上げる。でもよく見ると、少し震えている。
晴歌は膝をついて、サラと目線を合わせた。
「怖かった?」
サラは少し俯いて、小さく頷いた。
「……うん。お母さんの声が聞こえて、でもお母さんじゃなくて……怖かった」
目に涙が浮かぶ。
「でも、お姉ちゃんが助けてくれた。ピカーって光って、怖いのが消えた」
サラは涙を拭いて、笑った。
「お姉ちゃん、すごかったよ! 光がピカーって!」
サラが手を広げて、キラキラした目で晴歌を見つめてくる。
「私も、お姉ちゃんみたいになりたい! 魔法使いになって、困ってる人助けるんだ!」
その言葉に、晴歌は嬉しさがこみ上げてきた。
「きっとなれるよ。サラちゃんは強いから」
「本当!?」
「本当」
晴歌が微笑むと、サラは嬉しそうに笑った。でも、時折不安そうに父親の顔を見上げるのを、晴歌は見逃さなかった。まだ完全には立ち直れていない。それでも、一生懸命明るく振る舞おうとしている。
ロルフは再び深々と頭を下げた。
「どうお礼を言えばいいか……本当に感謝しています」
「今夜はお礼に食事を用意させていただきます。ぜひお越しください」
「ありがとうございます」
四人は顔を見合わせて、笑った。
◇ ◇ ◇
宿屋の食堂には、騎士団や冒険者たちも集まっていた。
テーブルには料理が並び、酒が注がれ、笑い声が響く。
「調査、お疲れ様でした」
晴歌が騎士団長に声をかけると、彼は笑った。
「こちらこそ。君のおかげで全員無事に戻れた。塔の調査報告書も無事提出できる」
「あの塔、結局何だったんですか?」
「古代の時間魔法研究所の遺跡らしい。一週間前に魔力が暴走し、ダンジョン化したようだ。君が壊してくれたおかげで、これ以上の被害は出ない」
騎士団長は晴歌の肩を叩いた。
「君の力は、確かに人を守っている」
その言葉に、晴歌は心が満たされた。
サラは元気に走り回っている。さっきまでの弱々しい姿は、もうどこにもない。
「ハルカお姉ちゃん! これ美味しいよ!」
サラが料理を持ってくる。
「ありがとう」
「ティオお兄ちゃんも! フィアナお姉ちゃんも!」
サラは三人に料理を配って回っている。
「元気な子だね」
フィアナがくすくす笑う。
「ああ、さっきまでの様子が嘘みたいだ」
ティオも頷いている。
リュゼルは酒を飲みながら、晴歌を見ていた。
「ハルカ」
「はい」
「お前、今日よく頑張ったな」
「みんなのおかげです」
「いや、お前の力だ」
リュゼルは真っ直ぐ晴歌を見る。
「お前は、人を守れる。そして救える」
その言葉に、晴歌は胸がいっぱいになった。
(人を助けられた。守れた)
破壊の力は、守るためにも使える。
その確信が、胸の奥に芽生えていた。
◇ ◇ ◇
宴が終わって、四人は宿の外に出ている。
「ふぅ……ちょっと飲みすぎたかも」
フィアナが頬を赤らめながら、夜風に当たっている。
「俺もだ。外の風が心地いい」
ティオも珍しく顔が上気していた。
星空が美しい。
「あの煮込み料理、すごく美味しかったね」
晴歌が宴を振り返る。
「ああ、店主の腕も確かだな。宿屋だけじゃもったいない」
リュゼルが頷く。
「こうやって時々外に出るのも、いいものね」
フィアナが夜風に髪をなびかせながら言った。
「森にばかりいると、星空の広さを忘れそうになる」
ティオも空を見上げている。
「さてと、私たちはそろそろ部屋に戻るね」
フィアナがウインクする。
「ああ、ハルカ、リュゼルおやすみ」
ティオも頷いた。
二人は宿の中に消えていった。
晴歌とリュゼルだけが、夜空の下に残された。
沈黙が降りる。
風が、二人の間を吹き抜けていく。
「ハルカ」
リュゼルが口を開いた。
「今日、お前と一緒に戦えて……良かった」
晴歌の心臓が、ドクンと跳ねた。
「みんなを守るお前の姿を見て、改めて思った」
金色の瞳が、星明かりを映して揺れている。
「俺は、お前と一緒にいたい。お前が笑っていられる場所に、いたい」
沈黙が降りた。
晴歌は言葉が出なかった。
胸がどきどきして、苦しくて、でも嬉しい。
「……急に言ってしまって、すまない」
リュゼルは照れくさそうに頭を掻いた。
その仕草がいつもの彼らしくて、晴歌の緊張がほぐれる。
「ううん、嬉しかった」
小さく呟いた晴歌の言葉に、リュゼルの目が見開かれた。
「ハルカ……」
「まだ、よくわからない。自分の気持ちも、この状況も」
晴歌は夜空を見上げた。
「でも、リュゼルがそばにいてくれて……心強い」
それは、今の晴歌に言える精一杯の言葉だった。
リュゼルは優しく笑った。
「俺も、お前がいてくれて心強い」
◇ ◇ ◇
その夜、宿の部屋で。
晴歌は窓辺に立って、星空を見上げていた。
(残り82個……まだ遠い)
でも今は。
(みんながいる。リュゼルが、ティオが、フィアナが)
一人じゃない。
その事実だけで、何よりも心強かった。
ふと、視界の端に浮かんだウィンドウに目を向ける。
破壊したダンジョン:18 / 残り:82
【状態:やや不安定】
(あれ……?前は【状態:安定】だったのに……)
いつから変わったのだろう。リュゼルへの気持ちが変化したから?それとも──
窓をノックする音がした。
振り向くと、フィアナが顔を覗かせている。
「ハルカ、まだ起きてる?」
「うん」
「ちょっといい?」
フィアナが部屋に入ってくる。その後ろにティオも。
「どうしたの?」
「ううん、なんとなく。リュゼルといい感じだったでしょ?」
フィアナが晴歌の隣に座る。
「あの人がいないうちに、話聞かせてよ」
「今日、リュゼルに何か言われた?」
晴歌は顔が熱くなった。
「……うん」
「やっぱり」
ティオはニヤニヤ、フィアナがにこにこ笑う。
「リュゼル、ずっとハルカのこと見ていたもんね」
「私……どうしたらいいか、わかんなくて」
「焦らなくていいのよ。自分の気持ちに正直になればいいのよ」
フィアナが優しく言った。
「お前は、リュゼルのことどう思っている?」
ティオの問いに、晴歌は少し考えた。
「……わかんない。でも」
晴歌は窓の外を見た。
「一緒にいると、なんか……温かくなる感じ」
その言葉に、二人は笑った。
「それが答えなんじゃない?」
「……うん」
晴歌も笑った。
三人で星空を見上げながら、静かな夜が更けていく。




