第18話『四人の誓い』
「サラどこ行ったんだよ!!」
外の騒がしさで目が覚めた。
昨夜、川辺でみんなに全部話した後――晴歌は一人で宿に戻るつもりだった。でもティオとフィアナが「一人にはできない」と言って、空いてる部屋を取ってくれた。リュゼルは「何かあったらすぐ駆けつける」と言って、城の近くの騎士寮に戻った。
二人の優しさに包まれて、久しぶりに安心して眠ることができた。
窓から差し込む朝日が眩しい。
でも胸の奥には、まだ少しだけ不安が残ってた。
(本当に、嫌われてないのかな……)
階下からまた怒声が聞こえて、急いで支度して部屋を出る。
宿屋の踊り場には、もうティオとフィアナがいた。
「おはよう、ハルカ」
「おはよう……」
二人の顔を見て、晴歌は少し距離を置いて立った。
フィアナがくすっと笑う。
「ちゃんと眠れた?」
「うん……ありがとう」
「騒がしくて起きちゃったけどね」
ティオがそっぽを向いたまま、ぼそっと言った。
「お前のこと嫌ってないから、そんな顔するな」
「え……」
「正直、もっと興味湧いたし。禁書の件もそうだけど、お前は不思議そのものだ」
フィアナが晴歌の肩をぽんと叩く。
「別の世界の人でも全然いいよ。むしろ世間知らずで放っておけないし」
胸が熱くなった。涙が出そうになるのを我慢して、小さく言った。
「……ありがとう」
◇ ◇ ◇
階下では、宿屋の店主ロルフ・フェリオンが泣き崩れていた。
四人が降りていくと、ギルド職員が駆け込んできた。
「店主の娘さんが行方不明です。10歳のサラ・フェリオンさん、昨日の昼から帰ってきていません」
店主は元騎士団長で、病気の妻のために騎士を辞めて宿屋を継いだ人らしい。娘のサラは文武に優れた賢い子で、週に一度、一人で治癒院に母親の見舞いに行っていた。
その帰り道で、消えた。
「大丈夫ですよ、必ず見つかります」
ギルド職員が慰めているけど、店主の泣き声は止まらない。
晴歌は胸が痛んだ。10歳の女の子が一人で……もし自分に何かできることがあるなら。
「私にも何か手伝えることないかな……」
フィアナが晴歌の肩を抱く。
「ハルカらしいね。でもギルド経由じゃないと勝手に動けないよ」
「そうなんだ……」
「でも、その気持ちは大事だよ」
ティオが少し呆れたような視線を向けてくる。晴歌は少しむっとした。
その時、宿の扉が開いて、騎士団が入ってきた。
その中に、リュゼルがいる。いつもの鎧じゃなくて、騎士団の正装。銀色の鎧に竜の紋章。すごくかっこいい。
リュゼルは仲間に何か言ってから、踊り場まで上がってきた。
「おはよう。ちょっと任務で呼ばれた」
「サラちゃんのこと?」
「ああ。騎士団が捜索隊を編成することになった」
リュゼルの表情は真剣だった。
「俺、いったん城に行ってくる。ルディに相談したいことがある」
そう言って、リュゼルは宿を出た。
晴歌はその背中を見送った。
◇ ◇ ◇
リュゼルは王城に向かって馬を走らせた。
城門を抜け、廊下を進み、執務室の扉をノックする。
「入れ」
中から聞き慣れた声。
金髪の王子が書類から顔を上げ、親友の姿を見た瞬間に察した。
「リュゼル。サラ・フェリオンの件か」
「ああ。それと……頼みがある」
リュゼルは一歩踏み出す。
「ハルカと、エルフの双子と、一時的にパーティーを組みたい」
ルディアンは小さく息を吐いた。
「……ハルカ嬢のことか」
「ああ」
ルディアンの胸が、ぎゅっと締め付けられた。
(ハルカ嬢……)
あの廃墟の図書館で出会った時から、彼女のことが忘れられなかった。黒い髪、黒い瞳、少し不安そうな表情。でも誰かを助けたいと願う優しい心。
もう一度会いたい。彼女の顔を見たい。声を聞きたい。
でも――
「お前、一応竜人国からの派遣騎士だぞ。勝手なことはできないだろう」
「わかっている。だから、お前の直轄命令としてという話だ」
リュゼルはザル=エンハール連邦王国の騎士だけど、両国の友好の証として、ルディアン王子の直轄命令を受けられる特権を持っている。親友同士でもあるし、特別な関係だ。
ルディアンは窓辺に歩いていった。朝日が王都を照らしている。
「……彼女、元の世界に帰りたがっているんだろう」
「知っている」
「それでもお前は」
「それでも、傍にいたい。今は力になりたいんだ」
ルディアンは振り返った。緑の瞳に複雑な光が浮かぶ。
(俺も……彼女に会いたい)
今朝も同じ思いに駆られていた。彼女の声を聞きたい。あの少し不安げな表情を、安心させてあげたい。でも――
(駄目だ。王子として、個人の感情で動くわけにはいかない)
彼女のことは国家機密。重要度も高い。それに、親友が彼女のそばにいる。リュゼルの真剣な眼差しを見れば、彼の気持ちは明らかだ。
(託すしかない。お前になら……)
王子は、その想いを飲み込んだ。
「わかった。サラ・フェリオンの捜索任務として、一時的なパーティー結成を許可する」
ルディアンは書状を取り出して、さらさらと文字を書いた。
「ただし条件だ」
「なんだ」
「彼女を、笑顔で元の世界に送り届けろ。それがお前の使命だ」
リュゼルは頷いた。
「約束する」
二人は手を握った。親友として。それぞれの想いを胸に秘めて。
◇ ◇ ◇
王城から戻ったリュゼルは、ギルドで晴歌たち三人を呼んだ。依頼掲示板の前、朝の光が差し込む窓際だった。
「ルディから許可が出た。サラ・フェリオンの捜索任務として、一時的に四人でパーティーを組む」
リュゼルは書状を広げて見せた。王家の印が金色に光っている。
「協力します!」
晴歌が即答すると、ティオとフィアナも頷いた。
「面白そうだし、私も行く」
「俺も同行する。ハルカの力、実戦で見ておきたいし」
リュゼルは少し笑った。
「じゃあ決まりだな。一時的だけど……よろしく」
四人は手を重ねた。
リュゼルの大きな手、ティオの細い手、フィアナの柔らかい手、そして晴歌の小さな手。
(温かい……)
晴歌の胸が、じんわりと温かくなった。
◇ ◇ ◇
ギルドで正式に依頼を受けると、騎士団10名、冒険者10名、そして晴歌たち四人の捜索隊が組まれた。
目指すのは王都の外れにある『砂時計の塔』。
時間が不安定で、精神を惑わすという噂のダンジョンだ。
リュゼルが地図を広げながら説明する。
「この塔は一週間前に突然出現した。時間魔法の遺跡が目覚めたものらしい。サラが最後に目撃されたのが、この塔の付近だった」
ティオが地図を覗き込んで補足した。
「新しいダンジョンは予測不能で危険だ。空間がねじれていることもある。だから騎士団と冒険者20名が先に入って調査する」
フィアナが真剣な顔で付け加えた。
「調査隊は塔の構造を記録する。私たちは最後尾から入って、サラちゃんを探しながら進む」
王都を出て、草原を抜け、小さな森を通り抜ける。
そして――
晴歌は塔を見上げた。
石造りの古い塔。でも周りの草はまだ生えたばかりで、地面には塔が出現した時の痕跡が残っている。窓はなくて、入口だけが黒く口を開けている。周りには不思議な魔力が渦巻いていて、空気がゆらゆらと揺れて見える。
「一週間前まで、ここには何もなかったんだよね……」
晴歌が呟くと、ティオが頷いた。
「ダンジョンは突然出現する。古い遺跡が魔力で蘇ったり、魔物の巣が変質したり、理由は様々だ。この塔は……おそらく時間魔法の遺跡が目覚めたんだろう」
「変な感じ……」
「時間の魔力だ。近づくだけで、体感時間がずれる」
ティオの説明に、晴歌はサーチを展開した。
淡い光の粒が見える。でも、塔の中は……見えない。
「中が見えない……魔力が強すぎて」
「だから危険なんだ」
フィアナが晴歌の手を握った。
「大丈夫。私たちがいるから」
リュゼルが晴歌の肩に手を置く。
「無理すんなよ。何かあったらすぐ言え」
「うん」
先に騎士団が、次に冒険者たちが塔に入っていく。
最後に、晴歌たち四人が入口の前に立った。
「行くぞ」
リュゼルの声に、三人は頷いた。
四人は顔を見合わせて、塔の中へと足を踏み入れた。
暗闇が、四人を飲み込んだ。
冷たい空気。石の匂い。そして――時間が歪む感覚。
(これが……砂時計の塔)
晴歌は息を呑んだ。
【第18話 完】




