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ただ帰りたいはずだったのに、私は壊す者になった  作者: 川浪 オクタ
第1章 『帰り道は、まだ、どこにも見えなかった』

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第17話『川辺の告白』

 四人は王都に戻り、リュゼルが勧める食堂へ向かった。


 運ばれてきた料理。湯気が立ち上り、周囲の客たちの笑い声が響く。温かな灯りが、木のテーブルを優しく照らしていた。


 でも、この四人のテーブルだけは、妙に静かだった。


 フィアナが明るく話題を振る。ティオが静かに補足する。晴歌はスープを一口だけ飲んで、微笑んだ。


「……美味しい」


 けれど、その味は、どこか遠くにあるように感じた。


 リュゼルは黙々と食事を続けている。時折、晴歌の方を見るが、すぐに視線を逸らす。


 誰もが、何かを言いたくて、でも言えなくて。


 重い空気が、四人を包んでいた。


 ◇ ◇ ◇


「……ねぇ、この近くに落ち着ける場所ある?」


 ティオの声に、全員が顔を上げた。


「裏に川辺がある。そこなら、ゆっくり話せる」


 リュゼルが静かに言うと、ティオが頷いた。全員が無言で立ち上がる。


 食堂の裏口を抜けると、そこには小さな川が流れていた。


 客がゆっくり寛げるように、椅子やテーブルが置かれている。川のせせらぎが心地よく響き、月明かりが水面をきらきらと照らしていた。


 四人が席につくと、フィアナとティオが周囲に遮音魔法を展開する。淡い光の膜が、ふわりと四人を包み込んだ。


 冷たい風だけが、川面を撫でていく。


「さて……ハルカ」


 ティオが、ゆっくりと口を開いた。銀色の瞳が、静かに光る。


「教えてくれないか。君がどこから来て、なぜこの世界にいるのか」


 場の空気が張り詰める。


「君の魔力は、この世界の誰とも違う。そして禁書にも影響を受けてなお、平然としている」


 ティオの銀色の瞳が、真っ直ぐに晴歌を見つめる。


「君は本当に……この世界の人間なのか?」


 その言葉に、リュゼルの肩がわずかに揺れた。


 ティオが簡潔に説明する。晴歌が『黒の図書館』で接触したこと、その本がどれほど危険なものか。そして、普通なら命を失っていたはずだということ。


 沈黙が降りた。


 フィアナの笑顔が消え、ティオの目が細められ、リュゼルの拳が固く握られた。


 四人のシルエットが、川面に映り込む。月明かりだけが、その姿を照らしていた。


 誰もが、晴歌の返答を待っている。


 言うべきか、言わざるべきか。


 でも——もう、隠し通せない。それに、この人たちには知ってほしい。


 ティオの銀色の瞳が、わずかに揺れた。その視線に、逃げ場のない現実を感じる。


「……うん、大丈夫」


 晴歌は深く息を吸い、震える手を握りしめた。


「私……この世界の人間じゃないの」


 ◇ ◇ ◇


 その言葉が、夜の空気に溶けていく。


 フィアナの目が見開かれ、ティオの眉がわずかに動いた。


 そして、リュゼル——


 金色の瞳がじっと晴歌を見つめたまま、動かない。拳を強く握りしめている。唇が、わずかに震えていた。


 それでも、その視線は晴歌から逸れることはなかった。


 晴歌は震える声で、一つひとつ言葉を選びながら語り始めた。


 神にこの世界へ喚ばれたこと。百個のダンジョンを壊せば元の世界に帰れるという条件。与えられた"破壊"の力。


 言葉にするたび、胸が苦しくなった。それでも、止まらなかった。


 話さなければ。伝えなければ。この人たちには、知ってほしかった。


「最初に壊した村で……子どもの声が聞こえたの。襲われて、力が暴走して……気づいたら、全部壊れてて……」


 声が詰まる。涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちる。


 喉の奥が焼けるみたいに痛い。息をするたび、胸の奥が軋んだ。


「もしかしたら……本当に誰かがいたのかもしれない。子どものおもちゃが、残ってて……それから、ずっと……怖くて。また誰かを、消しちゃうんじゃないかって」


 涙が地面に落ちるたび、胸の奥の痛みが少しずつ解けていくようだった。


「でも、壊さないと帰れない。帰りたい。でも、壊したくない。誰も、何も……」


 もう、言葉にならなかった。ただ泣くことしかできなかった。


 リュゼルは、ただ静かに立ち尽くしていた。拳を握りしめ、唇を噛みしめている。


(異世界……神に喚ばれた……100個のダンジョン……)


 頭の中で、晴歌の言葉を一つひとつ反芻している。信じられない。でも、嘘じゃない。


(だから……あんなに孤独そうだったのか)


 やっと、すべてが繋がった。


 ◇ ◇ ◇


 長い、長い沈黙のあと。


 最初に動いたのは、フィアナだった。


「ばか。泣くくらいなら、もっと頼りなさいよ」


 そう言って、晴歌をぎゅっと抱きしめた。フィアナの声も、震えていた。


 ティオが静かに目を閉じ、晴歌の肩に手を置く。


「君は"壊す"ことを恐れた。それが、すべての始まりだ」


 その声は、いつもの無表情からは想像できないほど優しかった。


「だから君は、サーチを覚えようとした。だから君は、必死に確かめてから壊してきた。君は……間違ってないよ」


 フィアナが優しく頭を撫でてくれる。


「ありがとう……でも、私は、壊したくないだけなんだ……誰も、何も」


「わかってる」


 そして——リュゼルが、ようやく口を開いた。


 言葉を探すように、一度息を吸って。金色の瞳が、月光を映して揺れる。


「……異世界とか、神とか、正直まだ整理できてない」


 その声は、いつもより少しだけ震えていた。


「でも、一つだけ分かることがある」


 リュゼルが晴歌の目を真っ直ぐ見つめる。


「お前は、一人でよく頑張ってきた」


 リュゼルの声が、わずかに震える。


「でも、もう一人じゃない」


 その言葉に、晴歌の涙が止まらなくなった。


 でも、それは悲しい涙じゃなかった。温かい涙だった。


 川のせせらぎが、四人の沈黙を優しく包む。


(私、ここにいていいんだ)

(この人たちと、一緒にいていいんだ)


 ルディアン王子が「もう一人じゃない」と言ってくれた時も嬉しかった。

 でも、今は違う。もう「かもしれない」じゃない。


 晴歌は、心から確信できた。


 ふと、リュゼルが空を見上げる。


「……雲が多いな。明日は雨かもしれない」


 その何気ない一言に、晴歌は顔を上げた。


 日常の、他愛ない会話。それが今は、何よりも温かかった。

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