第14話『この手で、守りたい』
【1. 導かれた市場跡】
森を抜けた晴歌は、久しぶりに整備された石畳の道に足を踏み入れた。
ティオの言葉がまだ胸に残っている。「ハルカの力は、強い想いに反応して現実を作り変える」――その意味を、まだ完全には理解できていなかった。
(王都まで、あとどのくらいだろう。ギルド登録しておけば、身分証代わりにもなるし、もっと自由に旅ができるって、ティオが言ってたもんね)
地図を確認しようとした、その時。足元から漂う、不思議な魔力に気づく。
(これ……ダンジョン?でも、今までとちょっと違う……)
気がつくと、古びた市場跡の中にいた。崩れかけた屋根、割れた木箱、風に舞う埃。けれど、どこか懐かしいにぎわいの残り香が、空気の中に溶けていた。
サーチを展開すると、微かな命の気配が一つ。それと――複数の人の気配?
(中に人がいる……それも、一人じゃない)
慎重に奥へと進む。崩れた屋台の影に、小さな人影を見つけた。
「……だれ……?」
ボロボロの服をまとったヒト族の少年。八歳くらいだろうか。怯えた目をして、体を小さく丸めている。
「大丈夫だよ。私、怪しい人じゃないから」
晴歌はゆっくりとしゃがみこみ、目線を合わせる。少年はためらいながらも、ぽつぽつと語り始めた。
「パパとママ、モンスターにやられたの。ぼく、隠れてた。ずっと、ここにいた」
「ずっと……一人で?」
小さくうなずく。その手は、冷たく固まっていた。
「ここ……あったかいし、お家のにおいがするから、こわくない」
祖父の診察室を思い出す。待合室で泣いている子どもに、祖父が優しく声をかけていた姿。
(この子、きっと……怖いけど、ここにいるしかなかったんだ)
晴歌はそっと、その手を握った。
「でも、ここにずっとは、いられないよ。外に出よう。私が一緒にいるから」
【2. 命を守るということ】
少年の手を引いて出口を目指していると、外れた通路の奥から叫び声が響いた。
「だ、誰かっ!助けて!」
反射的に駆け出す。商人風の夫婦が血を流して倒れていた。夫は片脚を噛まれ、妻が背を庇うようにして短剣を構えている。その先には、牙をむいたモンスターが二体。
「モンスター……!」
すぐに判断を下す。晴歌は少年を柱の影に隠し、自ら前に出た。
(助けなきゃ……!絶対に、また誰かを失わせたりしない!)
魔力を集中させる。ティオとフィアナに教わったサーチの応用で、モンスターの動きを予測する。防御と破壊。そのバランスを、今なら少しだけ分かる気がした。
目の前で振りかぶるモンスターの動きを読み、咄嗟に距離を詰める。
「これ以上、誰も……壊させない!」
刃のように鋭く放たれた破壊魔法が、モンスターの核を正確に貫いた。もう一体が襲いかかってくるが、防御魔法の膜で弾き、続けて破壊する。
短い攻防の末、二体は音もなく崩れ落ちた。
晴歌はすぐに夫婦の様子を確認し、リュックから取り出した布で傷を押さえながら血を止める。
「大丈夫……命に関わるケガじゃない……動かないで、今……」
祖父に教わった手当てを思い出しながら、手を動かす。
「ありがとう……ございます……」
夫婦の声に、晴歌は初めてほっと息をついた。
その一部始終を、通路の影から見つめる者がいた。竜人の青年、リュゼル。王都の騎士団からダンジョン調査を命じられ、魔力の波動を感じ取ってここへ来たのだ。
(……彼女は、力を"守るため"に使ってる)
静かに剣を収め、踵を返す。
(今、声をかけるべきか……いや、彼女の邪魔はしたくない。でも……また会えるといいな、ハルカ)
【3. 場所の記憶と、壊す覚悟】
夫婦の馬車に、少年と一緒に乗せてもらえることになった。
「本当に助かりました。この子も……よく無事で」
「いえ、私も……守れてよかったです」
出発を前に、晴歌は振り返る。
ダンジョンとなった市場には、人の気配を求めるような、寂しげな魔力が漂っていた。
(この場所は……"人に来てほしかった"んだ)
昔のにぎわい、笑い声、温かい空気――それをもう一度感じたくて、ダンジョンになってでも、人を引き寄せようとしていた。
けれど今は、モンスターを生み出し、人を閉じ込めてしまう危うさをはらんでいる。
(……あなたの気持ちは、分かるよ。でも、このままじゃ、また誰かが傷つく)
晴歌は静かに手をかざした。空間に魔力を送り込む。優しく、でも確実に、"破壊"する。
市場は音もなく、静かに、光の粒となって消えた。
【記録:13/残数:87】
【4. 新しい自分】
馬車の中で、少年が晴歌の隣に座っている。
夫婦は「王都の教会に預けます。孤児を保護してくれる施設があるんです。本当にありがとう」と何度も礼を言ってくれた。
それを聞いて、晴歌は少年の手をそっと握って言った。
「教会の人たち、優しいから。大丈夫だよ」
少年は小さくうなずいて、初めて笑顔を見せてくれた。その顔を見て、晴歌も少しだけ安心できた。
やがて少年は安心したように眠り始めた。
晴歌は小さく息をついて、窓の外を見つめる。
(私、誰かを守れた。壊すだけじゃなくて……)
胸の奥が、じんわりと温かい。
ティオの言葉が蘇る。「ハルカの心は川の流れのようだ。澄めば光を映し、濁ればすべてを壊す」
(私の力は、想い次第で変わる。だから……ちゃんと考えなきゃ。何のために使うのか)
日が傾いた空に、王都の影がぼんやりと浮かび始めていた。
そして晴歌はまだ知らない。この街で、また"あの竜人"と再会することを――。




